第7話 幼馴染
日曜日が終わって月曜日、今日からまた一週間学校がスタートする。
僕も身支度を終えてもう既に靴履いている。月曜日の朝くらいは清々しい気持ちで登校したいと思うのは僕だけだろうか。
多くの人は、学校や会社が始まってしまうから月曜日を嫌っている節があるのだけれど、僕はあまりそう思ったりはしない。学校での授業は好きではないけれど、学校で友達と話していたりする空間は大好きだ。それに学校に行くだけで僕の興味はどこまでも広がっていく。これは学校というより社会というくくりそのものが僕の好奇心を引き起こしているのかもしれない。
よく誤解されるのだが、べつに僕は浅く広くという考え方をしているわけではない。確かにいろんなことに心を惹かれてしまうけれど、しかしながら僕にだって好きだと断言できるものも存在している。
そもそも僕は、僕をそういう風に捉えられるのが好きではないのだ。
僕だって僕だけがこれって思えることやりたいと思っている。今はそれを探すために色々なことに興味を持っているだけなのだ。
靴ひもが綺麗なチョウチョ結びになったのを確認して玄関を開けて外へ出る。朝日が眩しく僕を照らしている。もう秋だと言うのに最近はどうも暖かい日が多いように感じる。これも今の日本の異常気象と言うやつなんだろうかと思うと、人類が火星に移住する日も遠くはないなと感じてしまう。
とは言っても、僕が生きているうちはそんなことはないだろう。僕たちの役目はせいぜい少しでも地球に永住できるようエネルギーの排出を抑えながら、持続可能な社会を保って青春することなのだ。
うん、昨日頑張って終えた家庭科の課題の予習はばっちしだ。
晴れ晴れとした気持ちで門を開き僕は一歩目を踏み出した。
今日もT字路でリュートを待って一緒に登校しようじゃないか、そう思って僕はT字路まで駆けていこうと思った、が。眼前に映る人影を見つけ僕の予定は変更された。
そう言えば最近はリュートとばかりで一緒に登校していなかった。
「おーい、ハル」
名前を呼びながら駆け寄っていく。するとハルは振り返って僕の顔を見るといつも通り満面の笑みを浮かべて手を振った。
「あっ、ヒロ! おはよー」
「おはよ」
振り返りざま、サラサラで少しブロンズがかった色の髪の毛がこちらにいい香りを運ばせる。どうして女の子はいい香りがするのか、一度興味を持って調べようとしたけれど流石にクラスの女子に引かれてしまったので結局断念したのを思い出す。
よくよく考えてみれば今なら昔とは違いこの幼馴染と言う絶好の対象がいるじゃないかと思ったりするのだが、結局それにしたって僕は駄目そうな気がする。
クラスの女子で駄目なのだ、幼馴染とはいえ超人気で学校のアイドルである
いやしかし、だとすれば幼馴染の関係というのは、どこまでお互いのプライベートに入り込んでいいのだろうか。お互いの家に入り込むことから始まり、テスト期間は一緒に勉強をして、晩ごはんをおすそ分けし合い、たまに窓から部屋に侵入して、どちらかが親がいないときはお泊り会もした。
ここまでのことを全て幼馴染という枠組みの中で可能な範囲だというのならば、女の子はどうしていい匂いがするのかという質問だって、することは可能じゃないのか?
唾を飲み込んでちょっと自然な風を装い訊いてみる。
「……ハルはさ、僕の質問ならどんなことにも答えてくれるか?」
当然前置きは必要だろう。突然女の子はどうしてなんて言ってみろ、本当に僕は変質者みたいになってしまうじゃないか。
しかしこの質問も中々際どい線を走っている気がする。いくら幼馴染とは言え長いときを一緒に過ごしてきたとは言え、今を生きる高校生が互いを異性として認識しない訳が無いのだ。ハルの方はどうかわからない、しかし僕の方はハルを幼馴染のことを、異性としてあるいは自分の恋愛の対象として見ているのかもしれない。
そんな風に不安に思っていたのだが、しかし案外ハルは
「うん、なんでも答える」
と、笑顔で即答してきた。
「え、それじゃあ……」
そうして僕は少し俯きながらくだらない前置きなどせずに、自分の訊きたいことだけをハルに向かって尋ねた。
僕の意味不明な質問をハルは至極真面目に聴いてくれたかと思うと、突如ハルは僕の隣でお腹を抱えて笑い出した。
「――なんだ、そんなことを訊きたかったんだ。てっきり私はもっと重大な事を聞かれるのかと持ってたのに。あーあ、緊張して損したな」
「そんなのってなんだよ、女子にこういうのは聞きにくいだろ?」
「まあそうだけどさ……ていうかそれくらいなら、思ったときに訊いてくれればすぐ答えたのに」
「それを思ったのが中学校の頃だったんだよ」
「あー、確かにそれなら合点もいくよ」
実はと言うと、ハルは父親がドイツ人で母親が日本人のハーフなのだ。しかし顔立ちは若干外国人っぽさがあるが日本系の顔で名前も日本の名前が付けられている。外国人顔で名前も横文字のリュートとは正反対のタイプなのだ。
そして、そんなハルとは幼稚園、小学校は同じだったのだが中学の一年から二年生までの二年間は父親の都合でドイツまで行ってしまったのだが、中学三年の秋に日本に帰って来て現在おなじ高校に通っているということなのだ。
だからこそ、その容姿は日本の一般女性とは一線をおいていると言わざるを得ず、学校内でヒロインという地位がハルに与えられるのは火を見るよりも明らかだった。
そんな学校のヒロインと僕が吊りあう訳がないのは分かっているが、しかし幼馴染と言う特殊な関係なのだ。少しくらいは僕も夢を見てもいいだろう。
それに僕は他の人が知らないハルの秘密を知っている。
胸は案外小さくて、好き嫌いは結構多いほうで、おとなしい性格そうに見えるが結構活発で、たまに下着姿のまま寝てしまうのだ。
そんなことを考えて歩いていると、隣でハルが「そういえば」と呟いた。
「ヒロと一緒に登校するのは久しぶりだよね」
「あ、うんそうだな。何かあったのか?」
僕がそう言うと、ハルは文字通り頬を膨らませて言った。
「もーヒロは鈍いな。最近はヒロがリュートと一緒に行くから私が邪魔しないようにしてたんだよ!」
「そ、そうなのか⁉」
「うん、ほんと寂しかったんだから」
「ごめん……」
僕が謝るとハルは間髪入れずに
「許す!」
と、ない胸を張ってきっぱりと言い張った。
ハルのこういう、何事にもさっぱりと割り切ったような性格はとても好きだ。
いや、好きというのは性格としてという意味であって、別に特別な意味があるわけでないし、好きなのは性格であってハル自体が好きっていうわけじゃない、いや別に嫌いでもないけれど、なんて言うか友達として好きって感じで好意はない、わけでもないけれど。だけど、そういうのじゃなくて。
僕が一人であたふたしているといつの間にか学校に着いていた。昇降口で靴を履き替える。その時リュートの下駄箱には既にリュートの靴が置いてあった。
それを見て、ハルは階段をのぼりながら僕に尋ねた。
「ねえリュートとはどんな感じなの?」
「リュートねえ、まあ何と言うか変わってはいるかな」
長い階段を四階まで一歩ずつ登ってゆく。
「あんまり常識がないし、つかみどころが少なくて――」
連絡通路を抜けて北館の教室が並ぶ廊下に一歩踏み出したとき、あの日の廃ビルをあの時見た教室の扉から感じた感覚を不意に思い出した。
「すごく不思議だなって、思う時がよくある」
「そっか、まあ確かに不思議と言えば不思議だよね」
「うん」
言いながら廊下を歩いているとちょうど教室に入ろうとしていたリュートを前に見つけた。
「あっリュート、おはよう」
「ヒロそれと……ハルだったか、おはよう」
「うんおはよー」
「リュート今日は早いな、一人の時はいつも遅刻ギリギリなのに」
「まあ、今日はな」
そう言ってリュートがちらっと隣の教室――僕があの時不思議な感覚に陥った第二専攻科教室を見たのに気付いた。
「なあリュート、そこの教室さ……見てると変な気分にならないか、不気味と言うか怖いというか」
「いや、しない」
と、リュートはまるで答えを用意していたかのように即答した。
しかし、そう言われれば逆に興味が湧いてくるのが僕だ。
「いやでもさ、ちょっとくらい気になるだろ、こんな今は使われていない学校の辺境みたいな教室」
そう僕が引き下がらずにいると、リュートはらしくもなく熱くなって食い下がってきた。
「だから気にならないって言ってるだろ。別にヒロの感性を否定するわけじゃないけど、ちょっとしつこいぞ」
そうしてリュートは露骨に何かを隠すように「とにかく」と言った。
「とりあえず中入ろうぜ、話なら教室で好きなだけ聞いてやるからさ」
「まあ、そうだな」
僕が頷くとリュートは小さくため息をついて、教室の中に入っていった。
それに続いて僕も教室に入ろうとしたとき、後ろからハルが僕の肩を掴んだ。
振り返って見るとハルはいつもの人懐っこい笑顔を顔に浮かべながら、手を線の細い顎に当てて思わせぶりに頷いていた。
「どうしたんだ?」
「たしかにリュートってけっこう不思議だね」
「そうだろ、なんか隠してるように見えて仕方ないんだよな」
「それで、ヒロはいまその隠していることを知ろうと奔走中?」
「ま、そうかな?」
僕が頷くとハルは首を横に傾けながら「ううん……」と唸っていた。
「今度はなに?」
不思議に思って尋ねてみると、ハルは教室の奥の方へ消えていくリュートの後ろ姿を見て呟いた。
「いや、さ……ずっと私のヒロって訳にはいかないんだよねって思ったの」
「え、それはどういう……?」
なんだよ私のヒロって、そんな言い方するから大勢の男子が勘違いするだよな。
まあ、その大勢の中に僕が入っているかどうかはノーコメントとしておこう。
「私たちって幼馴染で仲もいいけど、やっぱりお互いに友達が増えていくと、疎遠になっちゃうのかなあ、思ったの」
ハルは珍しく悲しそうな顔をして俯いていた。こんなハルを見るのはいつぶりだろうか、海外へ向かう時さえ笑顔を浮かべていたハルだ。
そんなハルの顔を見ていられなかったのだろう、僕はつい口走ってしまった。
「そんなことない」
「えっ……」
言ってしまった。普通ならここで「ずっと一緒だ」とかかっこいいセリフを言うんだろうけれど、僕にはそんなことできない。それではまるで告白じゃないか。
僕がハルに告白するなんてできない。もし断られたならどうすればいいのだろう、きっと今まで通りとはいかなくなってしまう。
それを想像すると今のままでいい、と考えてしまう自分がいるのだ。
「いや。あのさ、たしかにお互い友達ができるかもしれないけど、それでも僕はずっと……」
ずっと、そうずっと。
言えヒロ。いまがその時だ!
「……ずっと仲良しでいられるから」
言えなかった。結局そうだろう、根本的に僕には勇気がないんだ。
だけど僕はそんなことでへこみはしない。この話はまたの機会に持ち越しだ。
そう気持ちを切り替えて、ハルの顔を伺う。
ハルは先程とは打って変わって、いつもの笑顔を浮かべていた。
「うん、そうだよね」
「うん」
僕も笑いながら頷いた。とても幸せな時間だ。もしかしたらずっとこのままでも、と思ってしまう。
「さて、そろそろ教室入ろうよ」
ハルが目線で教室の中を指して教室へと入っていった。
僕もその後を追って教室に入るが、突然ハルが僕の前で立ち止まった。今度は一体何事なんだろう。
「そういえば、ヒロはリュートの秘密を知りたいんだよね?」
「え……まあうん」
唐突な質問に少し戸惑ってしまう。
「だったら」
言いながらハルは僕の方へ少し振り向いて、
「人の顔は正面からじゃないと見えないよ」
と、人懐っこい笑顔をして僕に言った。
正面から、か。その言葉はなぜか、僕の心にやけに深く突き刺さったような気がした。
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