第6話 新たな好奇心
とある日曜日の昼下がり、僕は一人アーケード街を自転車で走り抜けている。目的地は学校だ。
部活にも入っていない僕のような生徒がどうして学校へ、それも貴重な日曜日を使ってまで向かっているのか甚だ疑問だろう。
当然のことながら、僕が日曜日に学校へ向かう用事があるというわけではない。しかしながら、それは学校側が僕に用事がないというだけであって、僕が学校に用事がないという訳ではないのだ。
こんな風に回りくどい言い方をしているが、簡単に言うと僕は学校に忘れ物をしてしまったのだ。この週明け月曜日に提出する課題をついうっかり学校に忘れてきてしまった。
課題なんて個人的には出したくもないし終えたくもないのだが、しかしそうともいかない。うちの学校は一応進学校と言う名目で名が通っている。しかし学校内で行われる全国模試の回数も数えるほど、国公立や有名私立に多く生徒を輩出しているわけでもない。そんな学校が進学校だなんて信じられないのだが、しかし進学校だという売り文句で名を出している以上は学校生活は厳しいものになるらしく、これと言った受験対策をしているわけではないが、毎日に出される課題の数はそこらの進学校にも負けてはいない。
まあそれでも、課題が大して難しくないというような部分を見れば、やはり進学高とは言えないのかもしれない。
要は僕の通っている高校はごく普通の高校となんら変わらないということだ。
そんなことを思ってアーケード街を駆けていると、アーケード街を歩くリュートの姿が見えた。どうしたのだろうこんな時間に、リュートも課題でも忘れたのだろうか。
ブレーキをかけて徐行しながらリュートの歩いている方に自転車を寄せていく。
するとその気配に気付いたのか、歩いていたリュートは僕が声をかけるよりも早くこちらを振り向いた。
「ヒロじゃないか、何処へ向かうんだ?」
「学校だよ、こんな日曜日に」
答えながら自転車を降りてリュートの隣を歩く。別に急いでいるわけじゃあないので、今は休日にリュートと会えるというレアイベントを楽しもうじゃないか。
「ふーん学校か……」
そう言ってリュートは僕の顔をまじまじと見ると、思い出したかのように「そう言えば」と呟いた。
「ヒロ、最近なにか身の回りで変わったこととかないか?」
「変わったこと……前にもそんな質問したよな?」
記憶を探りながら半疑問形で応える。変わったことと言われてもそう簡単に見つかるもんじゃないし、前回もそうだったがどうも答えにくい質門だ。
僕が答えあぐねているとリュートは自分の頭に手を当てて言った。
「たとえば、ちょっと頭が痛くなったとか気分が悪くなったとか、急に体がだるくなったとかさ」
「気分が悪くなる、体がだるくなるねえ……」
そう言えばそんなことが最近あったような気が、あれはいつのことだったか。そう言えば何かリュートが関係していたような気がする。
そうやって、少しずつ記憶を思い出しては繋ごうとしていると、頭に差していた指を僕の方に向けて少し抑えた声で言った。
「何か不思議な体験をしたとか」
「あっ――」
リュートのその言葉を聞いて一発で思い出した。
「そういえば、あの廃ビルにいた時は気分がだるくなったような気がしたな」
すっかり忘れていた記憶だったがために、思い出したときは爽快この上なかったが、しかしリュートはというと、そんな僕を置き去りにいつもの冷静そのものの口調で言った。
まるでそう答えるのをあらかじめ知っていたかのようだ。
「そう、そんな感じの体験をあれからしたか?」
「いやないな……そもそもあの日のことすら薄っすらとしか覚えてないから」
僕が答えるとリュートは安心したようにも、期待外れだったかのようにも聞こえるため息を一瞬ついた。
「そうか……まあ、ならいいんだ」
何と言うか、リュートのこういう反応を見ている限りでもやはりリュートは少し変わっていると思ってしまう。
一言で言い表すのなら「不思議」だ。どこか僕らとは住んでいる世界が一線違うようにも感じる。
「それで、リュートは何してるんだ?」
「俺はちょっとした野暮用だけどもう済んだ」
「そっか、じゃあ引き留めちまって悪いな、それじゃあ――」
そう言って自転車に乗りペダルを漕ごうとすると、とつぜん自転車がずしんと重りをつけられたように重くなった。
不思議に思って振り返ってみると、リュートが自転車の後ろに横向きで座っていた。
「俺も暇だからな、ついていくよ」
あの一瞬で僕に気付かれることなく後ろに座るだなんて、リュートは忍者か何かなのだろうか。
「二人乗りは交通法違反なんだけどな……」
「そう気にすんな、学校まで距離も長くはないし、アーケード街で車も少ないから大丈夫だろ?」
そう言う理屈ではないんだけれど。
「まあそうだな、今回だけだ」
「そうそう」
「世界に誇るジプリ映画だって二人乗りは定番だからな」
笑いながら後ろに向かってそう言うが、リュートは大した反応もなくむしろ冷めきったように訊ねてきた。
「ジプリ映画ってなんだ?」
「えっ、ジプリ映画を知らないのか?」
「ああ」
「嘘だろ⁉」
僕はちょっと大袈裟に驚いてみせる。どれくらい大袈裟かというと漕いでいた自転車から手を放し、両手で頭を抱えながら天を仰ぐほどだ。
「風の丘のガウシカ、エド戦記、おののく姫、ドロロ、天空の都ラウラ!」
スタジオジプリの有名作品をいくつも並べてみるが、リュートは全くピンときた様子もなく、ただただ首を横に振っている。
「いや、まったく知らないな」
「嘘だろ、いまどき外国人でも知ってるぜ」
リュートが何も知らないということはある程度理解していたつもりだったが、まさかスタジオジプリまで知らないとなると、いよいよリュートが何者なのか疑わしくなってくる。
「よし分かった」
「どうしたんだ?」
「この用事が終わったら僕の家にあるジプリ作品全部見せてやる」
そう意気込み、僕はペダルを漕ぐ力を強める。その時振動した自転車に振り落とされないようにリュートが自転車に体重をかけたのを感じた。
ほんと、どこまでもジプリ映画みたいだ。しかし、ジプリ映画みたいなシチュエーションだと言うのに、二人乗りしている相手が男だとは、現代高校生としてなんとも嘆かわしい事実だろう。
自転車を漕いで数分、僕とリュートは目的地である学校へと着いた。もちろん男同士の二人乗りはアーケード街だけで、そこからは二人で歩いて学校まで向かった。
僕は法律や決め事はしっかりと守る人間だ。夜道でも信号は待つし必ず右側通行は徹底している。
そのことをリュートに話してみると、リュートの答えは「俺は夜出歩く場所に信号なんてない」だそうだ。この辺はかなり田舎だしそれもそうだろう。というかこう言っている僕も実際のところは夜は出歩かない。
どこまでも非生産的な会話だ。
「さて、僕はこれから教室まで行くけどリュートはどうする?」
昇降口で靴を履き替えながらリュートに尋ねるが、リュートはもとより一緒に向かうつもりはないようで、右手をひらひらと振っている。
どうやらここで待っているから一人で行ってこいと言っているらしい。
「あそ、それじゃあ僕は行ってくる」
そう言って僕は階段へと向かって行った。
リュートが学校までは一緒に来ておきながら、どうして教室までは一緒に行かないのか大体の見当はつく。それは、僕たちの教室まではとにかく距離が長いのだ。
そもそも、僕たちの教室は四階にあって四階に上がるまでが面倒なことだし、そこから僕たちは連絡通路を通って南館へと向かわなくてはいけないのだ。そして連絡通路を渡り、廊下の一番奥から一つ手前の教室が僕たちの教室だ。
昇降口からここに来るまでに三分は経過している。そりゃあリュートだってわざわざこんな面倒な真似しないだろう。心なしか体がだるいように感じる。
引き戸の前に立ち事前に用意していた鍵を使ってドアを開いた。当然中には誰もいない。
僕は自分の机から忘れていた課題を取り出し、ついでに後ろの黒板に書いてあった時間割変更の報告を撮影してクラスラインに投稿した。
「さて、こんなもんかな」
他に忘れ物がないか確認してから教室の鍵をかけてその場から立ち去ろうとする。
が、僕はほんの一瞬、となりの教室――この廊下の最奥にある第二専攻科教室に目を奪われてしまった。
どうしてなのかは分からない。しかし、一度その教室を見ると何故か他に視線を移すことができないほどに、その教室に惹き付けられてしまった。
しかし、僕の好奇心とは裏腹に僕の体は段々とだるく、気分も少し悪くなってきているような気がする。
そんな時、学校へと向かう途中リュートと話していた内容が頭の中によみがえる。
そうだ、あの廃ビルにいた時もたしかこんな感覚を味わっていたに違いない。
不気味でどこか恐怖を味わうように感じるけれど、しかし溢れ出る興味は止められない。この教室のドアを開ければ僕の知らない世界が広がっていると確証はないけれど、確実にそう思える。しかしそれは決していいことが起きるとは思えない自分がいる。
そんな不安と興味が入り混じった、言葉では言い表せない懐かしい感情が僕の頭を埋め尽くした。
「…………」
意を決して教室のドアへと手をかけようとしたその時。
「ヒロ!」
廊下の端、階段の方からリュートの声が響き渡った。
その声を聞いた途端、僕は我に返ったかのように意識が覚醒した。
「リュート?」
「随分と遅いと思ったら何してんだ、早くこい」
「ご、ごめん今行く!」
この教室に対しての興味はまだ少し残ってはいたが、やむなく階段の方へと駆けていく。
その途中、僕は先程感じていた感覚とあの廃ビルにいた時の感覚を頭の中で照らし合わせていた。
たしかによく似ている感覚ではあったが、あの廃ビルにいた時とは少し違っていた。どちらかと言えば先程の方がより興味をそそられたと言うか、未知と遭遇するという直感が強かったように感じてしまう。
あの廃ビルにいた時の感覚。あれは何か、それが何なのか具体的には言い表すことはできないけれど、決定的にあの廃ビルには何かが欠落していたであろうという直感が僕の中に渦巻いていた。
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