第16話 回想終了

 回想終了。


 語ろうと思えばまだまだ語り続けれるのだが、ここはこれで一旦区切っておくとする。

 ダラダラと回想を続けていても面白くはない。


 こういった授業の間に回想をすれば、回想終了と同時にチャイムがなるのが定番だけれど、ここは現実。小説の世界ではないのだ。

 だからハルが昨日の晩に言っていた、「異世界から来た」発言もかなりの割合で嘘だろうと言える。


 そもそも、あの台詞は本当にハルが好きなラノベの中に出てくる台詞だし、実際にハルがあのシーンを好きだというのは以前から知っていた。


 それに僕とハルは石蹴りをきっかけに出会ったあの三歳の頃からの付き合いなのだ。ハルのことは僕が一番知っているし、僕のことはハルが一番知っている。

 そんなハルが今さら「異世界から来た」だなんて、信じることはできないしジョークにしたってアホらしい。


 昨日のハルの発言だって、僕が数奇な体験をしすぎた所為で深く考えすぎていただけで、ハルからしてみれば本当にくだらない会話だったのだろう。

 嘘みたいな体験をすればするほど、すべてのことが嘘みたいに感じるのはよくあることだ。


 よくあることなのだが、僕も少しだけ不安に感じる。

 不安だから隣に座るリュートを見た。


 リュートは昨日僕がついた嘘の所為で、今朝から僕にラノベを読まされている。しかしリュートは真面目な生徒だ。たとえ主人公席だとしても授業中に読むなんてことはできない。だから授業の合間に読み続け、この自習時間にスパートをかけているのだ。


 そんなリュートに話しかけるのは野暮に感じたが、ページ数が残り少ないのが確認できたので、思い切って話しかけてみる。

 もちろん自習時間なので静かに、だ。


「……おいリュート」


 リュートの机をコツコツと鳴らしながら小声で声をかける。

 するとリュートは本から顔を上げてこちらを見た。読書の時間を邪魔されたからか、その顔は少し不機嫌そうだ。


「どうしたんだ?」

「聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


 小声で話しているのは何も自習時間だから、という理由だけではない。大声で言いふらすような内容でもなければ、人に聞かれて良い内容でもないからだ。


 それを察知したのか、リュートも少し声のトーンを下げた。


「なんだ?」

「リュートだったら異世界から来た人間を見れば、異世界から来たって一目でわかるのか?」


 僕の質問にリュートは俯いて思案顔になった。


「まあ、大方はわかる。異世界から来た奴の周りは魔力が歪んで見えるはずだからな」

「……じゃあ、ハルはどうなんだ?」


 唾を飲み込んでリュートの返答を待った。

 しかし、僕の心情とは裏腹にリュートは冷ややかな眼差しを僕に向け「そんなことか」と言わんばかりに大きなため息をついた。


「それはないぞ」


 それだけ言うとリュートは、興味なさげに視線を本に戻した。

 それには流石の僕もムッときてしまう。


「おい」

 食ってかかってみるとリュートは面倒くさそうにもう一度ため息をつき、視線は本に向けたまま言った。


「そもそも、ハルは普通の人間だってことはヒロが一番理解していることだろう?」

「それはそうだけど……」

「昨日の晩、ハルに何を言われたのかは知らないが気にしないことだな。ハルの言葉が意味深に聞こえるのは、あいつも特別だからってだけだよ」

「特別?」

「ああ、あれだけ容姿がかわいくて努力できてその成果もあれば、それは特別以外のなんでもない」

「たしかにそうだけど……」


 この自習時間改めて自由時間に勉強をしているハルを眺めた。ハルはいつも、自分は普通で努力しているから何とかなっている、と言っていた。


 なるほどそれは認めるし、努力の結果を才能という言葉でまとめはしない。しかし言わせてみれば、それこそが特別なのだ。

 努力できることが特別なのではない。努力の結果が周囲に認められることが特別なのだ。いわばスター性とでもいうのだろうか。世の中は影響力の大きな人間が活躍すると思われているが、実際にはそうではない。才能ある人間が影響力を持ち合わせているから活躍するのだ。


 ハルの場合は才能云々の話は言うまでもない。そして影響力の方はもっと言うまでもない。あの容姿のかわいさに影響力がないはずがないのだ。

 というか、それよりも。


「リュートも、ハルのことかわいいとか思ったりするんだな」


 不思議に思い僕がそう尋ねると、リュートは呆気にとられたように僕の顔を見た。


「そりゃ思うだろ。ヒロは俺を何だと思ってるんだ?」

「……感情のあるロボット」


 少し考えてから捻り出した答えは、むしろリュートには可笑しく聞こえたのかリュートは破顔した。


「感情はあるんだったら普通じゃねえか」

「いや、そうじゃなくて、感情ってのは「嬉しい」とか「楽しい」みたいな物でさ。誰かが「好き」っていうのは、もっとこう運命的な――スピリチュアルな感じなんだよ」


 僕が必死に力説するも、リュートは何か疑問に感じたのか途中から不思議そうに僕を見ていた。


「いつから俺がハルのことを好きになったんだ?」

「え?」


 一瞬思考が停止したが、僕の体はなんとか言葉を繋ごうとする。


「だって、さっきかわいいって……」

「かわいいと好きは別だろ?」

「えっ、いや、だって……」


 必死に取り繕うとするもリュートの言葉は正論すぎて何も出てこなかった。


「……たしかに」

「だろ?」

「なんだよ、変な心配をして損したな」


 僕はてっきりリュートもハルを好きだと思っていたのだが、そうでなくてよかった。

 僕ではリュートに敵わないと、直感的にそう思っているからだ。僕が積み重ねてきたハルとの思い出などなんの意味もなさず、ただハルを奪われるだけだと感じてしまったからだ。


「……ヒロは本当にハルのこと好きだな」

 読んでいたラノベを閉じてリュートが僕に言った。

「ああ、好きだよ」


 なんと答えようかと一瞬戸惑ったがここは男らしく答えるとする。

 以前にハルが「私のヒロでいる」と言っていたように、僕も「いつまでも僕のハル」でいてほしいのだ。


 しかし、それなら尚更のこと。

「だったら早く告白すればいいのに」

 そう、そうなのだ。

「そうなんだけどなあ、タイミングもなければ勇気も出ないんだよ」

「そんなんじゃ、呆れられるぞ」

「何かいい告白の仕方とかないのかよ」


 冗談まじりでリュートに尋ねると、リュートは案外真剣な顔をした。

 もしかしたらリュートは本気で僕らの恋が成就するのを願っているのかもしれない。


「……知らねえな、そもそも俺は誰かを好きだとか思ったことはない」

「そんな奴に『早く告白しろ』なんて言われたかねえよ」

「人を好きになったことはなくても、それくらいの考えは誰でも出てくるんだよ」


 そう言ってリュートはラノベを僕の机に置いてきた。どうやらこの時間の間になんとか読み終えたようだ。


 それとほぼ同時にチャイムが鳴り響いた。

 この時間はただの自習で、ホームルームは既に済ませてあるので、授業が終われば生徒はまばらに帰りだした。


 リュートも既にカバンを背負って帰る準備を始めている。しかし僕はすぐに帰ることはできない。今日は教室の掃除当番が当たっているのだ。


「今日はヒロが掃除当番だったか?」

「ああ。悪いな、先に帰っててくれ」

「あそ」


 それだけ言ってリュートは教室を出て行った。そのリュートの机たちを教室の後ろに運んでいく。


 黙々と机を運んでいると、帰る準備をしたハルが僕のもとにやってきた。


「あれ、ヒロ掃除当番だったっけ?」

「ああ今日は一緒に帰れなさそう」

「そっかー」


 あからさまに残念そうな顔をするハル。こうして見ていると、ハルも異世界から来たなんて本当に信じられない。というかリュートからすれば、ハルは本当に異世界から来てなんかいないのだ。


「ごめん、今日は先に帰っといてくれ」


 顔の前で手を合わせる。リュートの場合は気にも止めずに帰って行ったけれど、しかしハルはかぶりを振った。


「じゃあ学校の前で待ってるね」


 さすがはハルだ。リュートなんて返事一つで先に帰ったと言うのに、ハルの温かな心を前にするとリュートの心がどれほど荒んでいるのかよくわかる。


「わかった、じゃあ早めに掃除終わらせる」

「うん。それじゃあ」


 そう手を振ってハルが教室から出て行った。


 ハルの後ろ姿に手を振り終えて、僕は教室の机を一つずつ運んでいく。


 教室掃除とはいえ僕一人でするわけではない。同じ掃除メンバー計五人で掃除するのだから、掃除したいは十分もしない程で終了する。

 今だってほんの数分で机を全て運び終えた。あとは箒でゴミを集めて机を戻すだけだ。


 窓際でゴミを集めている最中に校門を見ると、ハルが誰かと話しているのが見えた。


「あれは……」


 グッと目を凝らして見てみると、その話し相手を辞任することができた。ハルはリュートと話しているのだ。


 どうやら、先に帰ろうとしたリュートは校門でハルに捕まったらしい。


 そうやって話しているハルたちを、遠巻きに見ながら歩く生徒が何人もいる。どうせ、例の如くやれ美男美女カップルだとか、やれベストカップルオブザイヤーだとか、言っているのだろう。

 美男美女であることは認めるのだが、ベストカップルであるのは頷きかねる。


 別に美男美女だからと言って、それが必ずしもカップルであることはないのだ。むしろ僕とハルの関係のような幼馴染みの方がカップルとしては成立しやすい。

 あの南ちゃんだって、新田と一緒に美男美女と言われていたが、タッちゃんを一途に思いつづけていたのだ。幼馴染みというステータスが他のものに劣るわけがない。


 まあ、だったら早く告白でもしろという話だが、しかし何度も言うが僕はタイミング測っているだけなのだ。


 それも結局、側からみればただの言い訳にしかすぎないことは僕自身が一番わかっていることだ、

 散らばるゴミを一纏めに集め、それを教室の真ん中に向かって豪快に掃き出した。


*******


 帰り際、校門を出ようかと言うところで呼び止められた。

 振り返るとそこにはハルがいて、こちらに向かってしきりに笑顔を向けている。


「リュートは今から帰るところ?」

「ああ」

「そっか、私はヒロを待つんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」


 言われて校舎についた時計を見る。別に急いでいるわけでも時間を気にするたちでもないのだが。

 いや、ならばそんな気に病むことでもないのか。


「まあ、少しくらいなら構わないけど」

「ありがと」


 そう言ってハルはまた笑った。


 このハルという人物はよく笑っている。自然な笑顔が板についているというか、それが自分のキャラクターです、と主張しているようにも感じられる。


 ヒロにはただ特別なだけだと言ったけれど、俺もハルは掴みどころがなく上手く対処できずにいるのが本当のところなのだ。


「…………」


 まじまじとハルの顔を見ていると、ハルはその笑顔を消し去って真剣味を帯びた顔つきになった。

 笑顔が板についているだけに、こうも印象が変わると少し身構えてしまう。これもやはり、ハルが特別な人種だと俺が判断しているからかもしれない。


「ねえ、リュート」

「なんだ?」


 俺が応えるとハルは含みある笑みを口元だけに浮かべると、細い人差し指で俺を指差した。

 その一瞬で背中に緊張が走る。

 そして、浅く息を吸ったかと思うと、ハルは低い声で言い放った。


「……私のヒロに近づかないでくれる?」

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