第15話 回想

 学校での化物退治を終えT字路でリュートと別れる。このT字路を曲がってしまえばほんの数分で家に辿りつく。たしかリュートの住んでいるハイツもT字路からはすぐだったはずだ。


 腕時計を見て時間を確認する。今は十二時過ぎと言ったところ。


リュートの昼間での発言からもう少し長い戦いになるものだと思っていただけに、こんな夜中なのにまだ時間的に余裕があると思ってしまう。

 しかし僕に夜遊びの趣味はない。僕はこのまま家に帰るとしよう。


 家までの距離はほんの少しなのだが、気を紛らわせるために石を蹴る。思えば石蹴りにも色んな思い出があった。


 小学校のマラソン大会は毎年石と共に走っていたし、ハルとの最初の思い出も石蹴りだった。あの時はハルの持っていたチョークを全て使い切って町内を一周した。あまりに蹴りすぎて石が丸くなっていたのを今でも覚えている。


 もっとも、町内の道という道を記号だらけにして怒られたのは今となっては笑い話だ。

 あの後、ハルと一緒に何日もかけてチョークを消しに行ったのも懐かしい。それでも子供ながら思い出作りとして、裏道は消さずに残していたはずだ。


 懐かしい思い出に苦笑しながら石を蹴る。蹴った石は思っていた以上に前に転がっていく。


 そうそう、あの時ハルと石蹴りをするきっかけとなったのもこんな感じだった。

 予想以上に転がる石を視線だけで追いかける。コロコロと転がっていた石は少しすると、ピンク色のサンダルに当たって停止した。


「えっ?」


 思わず声が出てしまう。

 僕一人だけだと思っていた道に他に人がいたことへの驚きもあるがそれ以上に僕が驚いたのは、いま僕の目の前に起こっている状況が、まるで思い出の追体験のようだったからだ。


 その思い出なら、たしかハルが石を拾って――。

「あれ、ヒロ?」


 サンダルの上部から声が聞こえる。

 本当に思い出通りなら、その声の主は顔を上げなくても察することができる。


「……ハル」


 ハルが僕の家の前で立っていた。

 どうしてハルがこんな時間に家の前にいるのか、理解はできない。だが頭の中では今日の昼、リュートからの言葉が無限にリフレインしていた。


 そんな僕の心を見透かしたようにハルが微笑みかける。


「どうしてこんな所にって顔だね」

「…………」


 無言で頷きハルの顔を伺う。


「でも、私からしてみても『どうしてこんな所に』なんだけどね……まあいっか」


 そう言って笑うと、ハルは手に持っていた一冊の本を顔の前で見せるように振った。


「本……ラノベか?」

「そ、ヒロに借りてたの返しに来たんだ」


 ハルは頷いて、僕にもう質問がないことを確認してから「ところで」と切り出した。


「ヒロはどうしてこんな所にいるの?」


 一瞬だが心の奥がドキっとする。ハルと話していることに心が躍っているわけじゃない。

 普段通りに微笑んでいるはずのハルの笑顔が、こちらを見透かしたような何かを企んでいるような顔に見えてくる。今だって、ただの質問が「今まで何をしていた」と尋問されている気がしてしまう。


「え……っと」


 何か都合のよいものはないかと視線を巡らせる。いや側から見れば彷徨っているだけかもしれない。

 そうして彷徨った末に僕の視線が捉えたのは、ハルがひらつかせている一冊の本だった。


「そ、そう。本だよ」


 ハルの持っている本を指さす。


「リュートが本を借りたいって言っていたから貸しに行ってたんだよ」


 不審に思ったのかハルの顔から笑みが消える。


「こんな夜中に?」

「それはハルもだろ?」


 首を少しだけ斜めに傾けて若干上から目線で言う。皮肉を言うときのリュートの真似だ。

 するとハルは手に持った本を眺め、また顔に笑みを取り戻した。


「たしかに……それで何を貸したの?」


 笑みを一層深めて尋ねてきた。

 その理由はわかる。実のところ僕が読んでいるラノベの大部分はハルも読んでいるのだ。ラノベ自体は僕もとある友人の誘いから読み始めたのだが、ハルが僕の部屋を物色してラノベを見つけてからは、ハルもラノベを読むようになった。


 だが、ラノベを好んで読む女子は学校には少ない。だからこそ共通の話ができる人を見つけて嬉しいのだろう。


「えっと……あれだよ、ハルが好きだったやつ。異世界転生を繰り返して強くなるやつだよ」


 もちろん口から出任せの嘘だ。

 しかし、咄嗟にハルが好きなタイトルを挙げてしまった所為でハルは余計に目を輝かせた。


「そうなんだ、それは明日にでも感想を聞きにいかないとね」

「え、ああそうだな」


 まずいことになった。適当なことを言ったせいで明日リュートに本を貸さなければいけない。それに失敗はそれだけではない。

 リュートに対して異世界転生なんて、リュートの秘密にあまりに直結しすぎている。


「それにしても……」


 笑顔だったハルが少しだけ顔を曇らせる。


「どうかしたのか?」

「リュートに異世界転生か……」


 ハルが口元だけの笑みを浮かべる。単に嬉しがっているだけなのだろうか、しかし僕には不気味に笑っているようにも見える。


「ハル――」

「ねえ」


 僕の言葉をハルが遮った。黙ってハルに次の言葉を促す。

 すると、ハルはいつもの微笑みは浮かべず神妙な顔つきひなった。


「私の秘密教えてあげる」


 ハルは僕に近づき手に持っていた本を僕の手に握り込ませた。


「私も異世界から来たんだ」

「えっ……?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。頭が回らず、ハルの言ったことが飲み込めない。


 そんな僕のことなど気にもせず、ハルは僕から離れてハルの家の方へと向かっていく。


 しかし、家の前で立ち止まったハルは、振り返って満面の笑みを僕に見せながら手を振った。


「そこ、私の好きなシーンなの!」


 それだけ言ってハルは玄関をくぐり家の中へと入っていった。


 ぽかんとしたまま、僕ものろのろと家に入り服を寝巻きに着替える。

 忘れないよう机にリュートに貸す本を置いて、床に入った。


 ちなみに僕の好きなシーンは、ヒロインが例のカミングアウトをして、久しぶりに出会った主人公に対しケラケラ笑いながら「ウソだよ」と言うシーンだ。

 その一言だけで何故か救われたような気がするからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る