第1話 転校生
僕のクラスに転校生が来た!
というのは基本的に春先に起こるイベントのはずなのだが、不思議なことに現実はそうシナリオ通りには進まない。
うちのクラスの転校生イベントは夏も終わりごろ、文化祭も終了し学校も興奮が収まろうとしている九月後半のことだった。
それも、転校の理由は親の転勤とかそう言ったありがちなものではなく、まったくの謎。教師ですらその全貌は把握できていないらしい。
ただ、転校生本人が言うには、突然こっちに住むことになったから高校に入った。ということらしい。
謎の転校生というタイトルで売り出すのなら十分すぎる設定だと言えるのだけれど、物語の進行があまりにもイレギュラーすぎて、きっと読者が置いてけぼりにされるだろう。
しかし、だからと言って僕の中にある「興味」という欲張りの動物は収まろうとはしないのは確かだ。
ならば僕がすべきことはただ一つ。それは――
「と、言うわけだ。少し普通じゃない時期の転校だけど、仲良くしてやってくれ」
僕の妄想を先生の声がかき消した。
それと同時にクラス内で拍手が起きて僕は完全に蚊帳の外状態だ。
「それじゃあ――
「えっあ、はいっ」
突然自分の名前を呼ばれて驚いてしまった。一体なんの用だというんだろう、僕の頭の中は今、転校生のことでいっぱいだと言うのに。
「お前の隣って空いてたよな?」
「隣……?」
言われて隣の席を見る。
窓際一番隅の席――いわゆる主人公席だとか言われている席だ。いつもは僕の物置として重宝されている。
「はい、空席ですよ」
「よし、それじゃあそこで」
ん?
転校生――
なるほど、つまりこの転校生は僕の隣の席に着くという訳だ。ならば、やはり僕がするべきことは一つだけのようだ。
この謎の転校生と仲良くなり、謎の転校生というレッテルを見事にはがしてやろう。
この日から僕はこの転校生、龍利のことを観察しはじめた。
転校騒動も落ち着き、転校生である灰龍利も学校になじんできたであろう今日この頃、僕は本格的に龍利のことを観察し始めることにした。
だがしかし、今この状況を観察していると大きく胸をはって言えるのかどうか個人的にはとても不安である。
灰龍利は誰の眼にもわかるくらいに、あまりに周りと逸脱しすぎていた。
というか、完全に常識のようなものがなかった。
こんな言い方をしてしまっては龍利が非常に悪い不良のように聞こえてしまうが、実はそうではない。そうではなく彼は普通ではなかった。
例えば、僕は彼が隣の席についた瞬間から話し掛けており、その日から途中までは一緒に帰っていたのだけれども、彼は電車の乗り方以前に電車と言う存在自体を把握していなかったのだ。
彼はこれを「文化の違いだ」と言っていた。
たしかに、龍利と僕らの住んでいた地域が違うということは龍利の風貌から容易に推測することができた。龍利の頭髪はツヤの効いた純銀のような髪色が毛根まで続いており完璧に地毛であることが証明され、瞳の色はそのまま宝石として飾れるのではと思わせる透き通ったエメラルドだった。
そこから彼は日本人ではない、どこかの人間であることは簡単に想像できるのだが、それを差し引いたとしても龍利の意外性は度を越えていると、判断するに他ないだろう。
隣で真剣に授業を聞く龍利を眺める。
カーテンの隙間から零れた光がその生きたエメラルド石に落とされて煌びやかに輝いていた。
「……なあリュート」
リュートというのは俺が龍利につけたあだ名だ。あまりシンプルすぎるが僕のあだ名もたいがいなので、ご愛嬌としていただきたい。
「どうした、ヒロ?」
ヒロ――それが僕のあだ名。
「リュートって一体何者なんだ?」
僕からしてみれば何の変哲もない簡単な質問のつもりだったのだが、どういうわけかリュートは結構マジな思案顔で考え始めた。
「何って……ステータスで言うなら人間だろ」
指を宙でまばらに振りながら応えた。
ステータスって、そんな言い方するやつ初めて見たな。いや、外国人特有の英語と日本語を織り交ぜながら会話する、あれなのかもしれないが。
デビルフィッシュ焼き、みたいな感覚か?
ちょっと違うか。
「そう言うのじゃなくってさ、なんつーか……不思議なんだよなリュートって」
「……いや、そんなことないさ」
「……うーん」
――キーンコーンカーンコーン
――キーンコーンカーンコーン
腕組みをして唸っていると、いつのまにか授業を終えるチャイムが教室に鳴り響いた。
「よっしゃ終わったー」
「やべ、授業の5分の5寝てたわ」
「今日あとは情報だけじゃん!」
「せんせー、質問いいっすか?」
「よっしゃあ! 星六キャラきたー‼」
「五限なのにもう腹減ったわー」
様々な声が教室中を飛び交う。その声の一つが僕の元まで来た。
右斜め前の席に座っていた友達がこちらにスマホの画面を向けながらやってきた。
「おいヒロ、見てみろよ! 授業の終わりにガチャ引いたらよ、単発で星六でたぜ!」
「マジか、授業中に引いたら出やすいってのは都市伝説じゃなかったのかよ」
「いやー、今年の運全部使い果たしたかもしれん」
「絶対そうだぞ、お前明日死ぬわ」
かなりの大声で話していたからか、僕の周りにはいつの間にかクラス中の男子が集まっていた。僕の周りは一瞬にして同じゲームの話でもちきりになった。
そんな中リュートだけが、首をかしげてこちらに疑問の眼差しを向けていた。
「ヒロ、それってなんの話をしてるんだ?」
「これか?」
スマホに映った画面をリュートに見せる、そこには丁度いま引いたガチャ十連の結果が映っていた。当然爆死だ。
「そうそれ。なんだそれは、みんなやってるみたいだが」
「ああ、これはゲームだゲーム」
「……ゲーム?」
「ああ、最近はやってるストモンだよ」
「ストモ……ン?」
「爽快直線ハンティング、ストライク・モンスターズって知らないか?」
そう説明するもリュートは依然として見当がないようで、首を傾げたままでいる。
「まあ、とにかく見てみろよ。ほら十連引かせてやるから」
言いながら、ガチャの画面のままスマホをリュートに手渡した。
正直言って爆死した直後にもう十連などただの愚行としか思えないのだが、もうここまできてしまってはやけくそだろう。
「いいのか?」
「ああ、景気よくいっちまえ」
「それじゃあ――」
十回ガチャるをタップしたと同時に画面は一転し正面には「押し出せ」の文字が映った。それをみたリュートは確認するようにこちらを眺めてきた。それを顎を前へだして促す。
押し出せの文字をなぞると、押し出された虹色の玉は正面にそびえる竜の左目にぐるぐると弧を描きながらはめ込まれた。すると竜は口を開いてその奥から金の卵が十個排出された。
「さて、何が当たるのやら」
まあ、どうせ大したものは当たらないとは思うけど。
そんな風に全く期待もしないままスマホの画面を眺める。しかし、いつもなら流れ作業のように割れていく卵が、突然一つ目で止まった。
「えっ?」
思わず席を立って見入ってしまう。
卵が止まる証は持っていないキャラが来たということを表している。
「つまりつまり、ということは⁉」
そこから出たのはピックアップキャラのしかも星六だった。
「そういうことだよな! しかも星六!」
見事お目当てのキャラを引き当てたリュートとハイタッチを交わす。しかしリュートの目線はまだガチャの方に向いていた。
「おい、ヒロまだ何かあるぞ」
リュートに言われて画面に振り向くと、またもや金の卵の一つが停止して未入手確定の演出が流れ出した。
「マジでマジでマジで――⁉」
またもやピックアップ。しかも星六だった。
その後、残った八つの卵からはさらに未入手の星五が一体と入手済みだが現時点最強キャラだと言われている星五キャラが一体排出された。
「いやいやなんだよこれ。リュートすげえな!」
「そうか?」
「神引きというか最早神の領域だぜ、これ」
「へえ、何だよラックが高ければ楽勝なんだな」
ラック?
ああ、運のことを言っているのか?
「なんだよラックって、そんなかっこつけた言い方しなくても――」
結構ふざけたトーンで言った言葉だったが、それに対するリュートの返答はえらく真面目な風を帯びていた。
「いや、あるじゃんステータスに」
「は?」
でたよ、ステータス。なんなんださっきから。
「いや、あるよなステータスって」
「だから何だし、ステータスって」
「だからほら――」
そう言いながらリュートは手を自分の前に翳して至極真面目に「ステータス」と言った。
「な?」
とは言われても僕の眼には何も映ってはいない。ただそこには謎に空中に手を翳している超美形ハーフの高校生がいるばかりだった。
不思議にリュートを見つめる僕だが、リュートもまた不思議そうに首をかしげてこちらを窺うように見ていた。
「いや、何してるんだ?」
「…………」
さすがに自分がおかしいと理解したのかリュートは伸ばしていた腕を引っ込めて、今度はその手を顎に押しあて俯いたのち「なるほど」と呟いた。
「……ヒロさっきのは忘れてくれ。ステータスって言ってたのは言葉の綾だ」
綾?
どういう意味だろう、身体的特徴みたいな意味合いだったのか?
「ラックていうのもか?」
僕がそういうと、リュートはまた俯いて思案顔になった。
「どうした?」
気になって尋ねてみるとリュートは数秒僕の顔を見つめると、何事もなかったかのようにさっぱりした顔で
「なんでもない。そうそう、さっきは運がよければ簡単なんだなって言いたかったんだよ」
「そっか。まあそうだな、どんなゲームもガチャばっかりは運だからなー。そう考えたらリュートの運のよさは凄いな、ゲームするために生まれてきたみたいな運だ」
「へえ……」
曖昧な返事を返したリュートは、またも俯いて顔を曇らせた。
「今度はどうした?」
そんなリュートの顔を横目に伺いながら尋ねる。
さっきからの反応と言いリュートはどこか様子がおかしい。何かしらの悩みでも抱えて頭が混乱しているのかもしれない。
まあ、転校してすぐだし、おそらく海外から日本に来たのだろうから色々と悩みごとや大変な事は存在しているのだろう。
ならば、せっかく隣の席になったよしみだし、それくらいの悩みならば僕が聞いてあげようではないか、それが正しき対応だ。
「なあヒロ……」
「どうした?」
思考を巡らせていた僕であったが、次のリュートの答えで僕の頭の中は泡がはじけるように一瞬にして何もかもが飛んでいった。
「……ゲームってなんだ?」
リュートに悩みなど一切なかったし、様子がおかしいわけではなかった。
リュートはただただ不思議な男だった。
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