第4話 廃ビル
こちらからリュートの姿が完全に見えなくなったのを確認して廃ビルに近付いていく。この近くに住んでいる僕ではあるけれど実際にこの廃ビルに近付くのは初めてで、大きさこそ小ぶりだがその全貌に高揚感とはまた違った感覚があった。
その所為だろうか先程から鳥肌が止まらない。まるで危険を示すかのように鼓動は警鐘を鳴らし打ち続けている。
唾を飲み込んでゆっくりと中に這いっていく。
廃ビルの中は全体的に暗く汚れていて、割れた窓や壁に空いた隙間から西日がこぼれてくる程しか照らすものは存在しておらず、ぼんやりと前方だけが視認するのがやっとだ。その割には風通しはよくて、気味の悪い冷たいような生暖かいような風が僕の体を撫でまわしている。
正面から入って少し進むと右の方に階段が見えた。形状からしてエスカレーターの様だが当然いまは稼働していない。
導かれるようにエスカレーターを上っていると二階から光が差し込んでいるのが見えた。どうやら二階の表面はガラス張りになっているようだ。
エスカレーターを上りながら二階に上がっていくと目の端でリュートを捉えた。
見られないよう階段に沿うようにしゃがんで頭だけひょこりと出してリュートを観察する。リュートも二階まではエスカレーターを上ってきたようで、一階では見えなかったが左手すぐにあるエレベーターの手前で左に曲がっていった。
後を追おうと思って勢いよくエスカレーターを上りきると、ちょうど足元に落ちていたジュースの缶を蹴ってしまった。
カランカランと高くて大きい音がビル内に響く。
咄嗟にエスカレーターへと戻って階段に身を隠したが、数秒経ってもリュートがこちらに向かってくることはなかった。
安堵して今度は足元を確かめながら慎重にエスカレーターを上りきり、リュートの向かった方へ歩いて行く。
エレベーターの前で曲がると、そこには左側には机とイスが乱雑に散らばっていて右側には小さな部屋が二つ存在していた。扉の横にプレートともに何か書いているのが遠目からでも認識はできるが、どちらも酷く汚れていて何が書いてあるのかがさっぱり見当もつかない。
二つある部屋の一つはドアが既に取り壊されていてこちらからでも中が窺えるが、もう片方はドアこそ傷だらけの汚れまみれだが今は固く閉ざされている。
きっとリュートはこのドアの向こうにいるのだろう。
足音を立てないように慎重に近づいていく。すると突然にドアノブがガチャリと音を立てながらゆっくり回された。
それを見て慌ててドアの位置から死角になるエスカレーターの方まで駆け逃げた。そこからリュートをまた観察し始める。するとリュートはこちらに向かってずかずかと歩み寄ってきた。
心音が自分でもはっきりわかるくらいに大きくなりだした。この鼓動が僕がだす息遣いの全てがこの体では抑えきれなくなってリュートに聞こえているのではないかとおもってしまう。
リュートが近づいて来るにつれてこちらも一段ずつ階段を這いながら下っていく。
息を殺してじっと待っているとリュートの足音は階段の目の前まで近づいたかと思うと、今度は二階の降り口とは反対側の方へ向かっていき次第にその音は遠くなっていった。きっとリュートは三回にむかったのだろう。
安堵と共に冷や汗がどっと出たが、すぐに切り替えてエスカレーターを駆け上りリュートを追いかける。
三階は二階と同じくエレベーターの前を曲がると机とイスがあったが、二階は小会議室だったのと違って三階には大きな間取りの部屋が一つあるだけだった。その部屋もところどころ壁の塗装が剥がれていて、コンクリートがむき出しになっている。特にドアなどは蝶番が一つ外れていて今にも倒れてきそうである。
ざっと三階を見渡してみるがはリュートの姿は見えない。きっとリュートはあの大きな部屋の中にいるのだろう。
意を決して勢いよくドアの前まで近づいてく。そして壁に耳をあてて中の音を聞き取ろうとするが何も聞こえない。
今度はドアに向かって耳をあててみたが、それでも何かカサカサと小動物が移動するような音がするだけで、大した音は聞き取れない。
もう少し強く耳をドアにあてて聞き取ろうとした。
その時、ガギャと何か金属製のものが外れたような音がした。その音に驚いて咄嗟にドアから離れると、錆びて風化していたのであろうドアの最後の蝶番が地面に落ち、それが合図だったかのようにドアは前方に倒れていった。
倒れたドアはバタンと大きな音を今度こそ廃ビル中に響かせて、その音に反応したのであろう中にいたリュートは倒れたドアを、そしてその奥にいる僕の方をじっと見つめていた。
「よ、ようリュート。こんなところで会うなんて奇遇だな、幽霊退治にでも来て――」
そう言ってふざけた言葉を放とうと思ったが、リュートを、いやリュートの奥にいる物体を見て言葉に詰まった。
真剣な眼差しで僕を見つめるリュートの後ろには、大型犬のような狼のような虎のような、とにかく四足歩行の生き物が数頭、この暗い部屋の中を照らすような強い光を目に輝かせて僕を、いやリュートを千切れんばかりに鋭く睨みつけていた。
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