第27話 ジンとハク ②

 ジンのその言葉に一瞬体が固まった。

 やはりこの人たちは、異世界のことと何らかの関りを持っている。


 しかし、この口ぶりからすると異世界のことは知っていてもリュートのことは知らないのだろうか。


「リュートのことを知っている……のか?」

「そのリュートってやつは知らないが、そいつが異世界から来たってことは知っている」


 やはり、リュートのことは知らないようだ。しかし、それならば一層謎は深まるばかりだ。異世界から来たというのはリュートだけのはずだし、仮に他の人間が来ていようがリュートと関係のない人間が来ることがあるのだろうか。


 思考回路はぐるぐると回転し、答えを見つけ出そうとするがどう頑張っても答えは出てこない。


「リュートを探しているのか?」

「うーん、探してると言うか、ただ会いたいだけなんだけどな」

「会いたいだけ……」


 本心だろうか、リュートと関わりのあると言うのなら、僕もぜひ友好的に接したいのだが、相手がどんな人間なのか分からない以上は下手に行動はできない。

 あんな小さな少女――ハクでさえ虎の魔物を倒せるのだ。もし危ない奴らだったなら、どうにかして逃げる方法も考えておかなくてはならない。


 背は向けないまま少しずつ下がり、ハルの方へと近づいていく。ハルの隣まで来たところでハルが僕の手を取った。ハルもこの状況を理解できず不安なのだろう。


 考えをまとめながらジンたちを見つめていると、そのジンがわざとらしく一つ咳ばらいした。


「――そんなに警戒するなよ。そいつを見つけて、殺そうとか思ってるわけじゃない。ただちょっと話をするだけだ」

「……でも、あなたたちが誰なのか分からない以上は、警戒するなと言う方が無理だ」

「その言い分も理解できるな」


 腕くみをして意味深に頷くジンの姿は、どこか落ち着きがあって何もかもを見透かしているような、そんな気がしてくる。


 そんなジンの隣で佇んでいたハクが、目線だけジンの方へ向け、そのトレンチコートを軽く引っ張った。


「別に説明してもええやん、そんな気にすることでもないやろ」

「まあ、ハクがそう言うなら……」


 視線を交わし合った二人は、僕らを一瞥するとジンがまたもわざとらしく咳払いした。


「――俺は、元異世界人さ」

「元異世界人?」

「そう、もともとは異世界にいたんだが、色々あってこっちの世界に来てしまった」

「だからリュートを探して、一緒に異世界に戻ろうとしているのか?」


 ジンの顔を覗きながら質問するが、僕の考えは外れていたらしくジンは頭を振った。


「いいや、戻ろうとなんてしていない。いっただろ、『もと』だって。今は地球人さ」

「じ、じゃあ、どうしてリュートに会おうとなんて。リュートはむしろ逆、帰ろうとしているんだぞ?」

「あーやっぱりそうか。まあそれはそうだろうね」


 ジンは口元を歪ませて笑みを作る。その姿に少しだが対抗心が沸いてくる。

 この何でも見透かしたような笑みを崩してやりたいと、そういう感情が浮かんでくるのだ。


「それも知っているなら、尚更どうして会う必要が?」

「一度会っておきたいのさ、色々と伝えたいこともあるし、異世界転生の先輩として」


 口の端を吊り上げたジンの表情はいまだに崩れることはない。しかし敵意や悪意が感じるわけではない。不気味ではあるがリュートにしたって、いつまでも手探りで異世界に帰る方法を探すわけにはいかないだろう。

 ならば、リュートとしては会いたいと思う相手なのかもしれない。


「わかった信用はする。だけど……」

「だけど?」

「リュートに会えるかどうかはわからないぞ」

「どういう意味だ?」

「リュートとはいま連絡がとれないんだ」


 ポケットから携帯電話を取り出し、メッセージでリュートの名前をタップする。相変わらず既読はついているが連絡が返ってこない。


「死んだのかい?」

「そんなはずはない。実際に僕からのメッセージは届いている」


 画面に映るリュートとのやり取りをジンに見せる。

 ジンはそれを眺めると短く頷いて「なるほど」と呟いてさらに続けた。


「なら問題ないか……」

「問題ない……?」

「そうだな……ヒロ」

「なんだ?」

「助けてって連絡してみてくれないか?」

「助け……どうして?」

「いいから、してみな」


 相変わらず笑みを崩さないジンに不満を持ちながらも、言われた通り「助けて」と打ち込んで送信する。


 すると数十秒後に既読の文字がついた。やはりリュートは死んではいないし、僕からの連絡も見ているのだ。


「ふーん、生きてはいるみたいだね」


 ジンが僕の携帯の画面を覗き込んで言った。


「これでリュートが来るって言うのか?」


 覗き込んでくるジンの顔を押しのけて、携帯電話をポケットにしまい込む。


「それだけでは来るかはわからない、ただ――」


 ジンはハクの方を見ると、ハクに向かって「それじゃ、頼むよ」と言った。

 ハクは怪訝そうに顔を歪めたが、少ししてため息を吐いた。


「これくらい自分でやればええのに」


 愚痴をこぼしながらハクは掌を開き、その手をそのまま上空へと向けた。


「……何してるのかな?」


 後ろでハルが僕に不思議そうに尋ねる。


「わからない」


 見当もつかず、僕らはハクの行動をただ見守った。


 しかし、次の瞬間僕の身体に、僕らの身体に衝撃が走った。それほどに驚いたとか、そう言う比喩の類ではない。

 本当に頭の先から足の先まで、何かが駆け巡ったような感覚に襲われる。身の毛がよだつような本能的な恐怖と、肌で感じとり痛感した理性的な違和感が脳を支配する。


「ヒロ……なにこれ」


 ハルが僕の袖を力強く掴み取った。ハルの体が小刻みに震えているのがわかる。


「お、おい、何をしているんだ!」


 ジンを睨みつけてそう叫んでみるが、僕のこの声もきっと震えているのだろう。


 僕らと違い何も感じていないのか、平然としているジンは僕を一瞥すると、また口の端を吊り上げてあの笑みを浮かべた。


「何って、呼んでるのさ」

「呼んでる……?」


 ジンの顔から笑みが消え、壊れて外が丸見えの壁を向いた。

 するとその時、同時にその壁から一つの人影が僕たちの前に飛び込んできた。

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