第33話 僕らが踏み出すここからは
ここ最近なら学校の門をくぐればハクが仏頂面で待っていたのだが今日はいない。その代わりに門をくぐる人数が二人から三人へと、仏頂面は仏頂面でも常に無愛想なリュートへと変わったのだ。
ハクであれば仏頂面の裏に子供らしい表情があるからいいのだが、リュートはそれが板についてしまっているし、むしろ無表情がいつも通りなのが残念だ。もっと端的に言うと。
「……かわいくねえな」
「どうしたの急に?」
「いや、なんでもない」
「ふーん……」
こういう言葉に一番に反応するのはやはり女の子だからだろうか、ハル程に容姿端麗であれば、こんな言葉に敏感ではないと思っていたのだが、意外だ。
歩いていると、リュートがカバンの中を探って何かを取り出した。
「……そうだヒロ、これ返そうと思ってたんだった」
そう言いながら取り出したのは、リュートが家にいる間、暇つぶしのため貸したライトノベルだった。
その表紙を見たハルが本を指さして言った。
「あ、それ私も好きなやつだよ!」
ハルはよく僕の部屋に入り浸っては、ライトノベルを物色して帰っていく。その中でもこの異世界転生系のライトノベルはお気に入りなのか、新刊が出るたびに僕に購入させては一番に読んでいるのだ。
内容はいかにもそれらしい異世界転生で普通の人間が異世界では活躍するのだが、ハルから言わせてみると「これは他とは違う!」らしい。
なんでも、異世界転生するのが主人公だけではなく多くの人間が転生する話のようで、そこが他の異世界転生モノと大きく差別化できる点らしい。
「この本は、もう続きはないのか?」
「いま発売されてる中では、それが最新刊だけど……そんなに気に入ったのか?」
「いや、まあ……」
「面白いもんねー!」
同じ趣味をもつ仲間が生まれたことが嬉しいのか、ハルは随分とご機嫌だ。
「そうだな」
「異世界転生モノね……」
「ヒロはこれあんまり好きじゃないよね?」
「え、うん。ちょっと現実離れすぎると言うか……」
ハルのライトノベル趣味は僕の持っていた本から発祥したものだけに、僕もライトノベルはよく読むのだが、これと言ってお気に入りの作品が中々見つからない。
やはり、どうしてもリアルに体感する驚きの方が面白いと思ってしまうのだ。だからこそ非現実的なライトノベルを好んで読むのだが、あまりに非現実的だと返って現実味がなくなって興味が持てなくなってしまう。
この作品はその典型例みたいなものなので、あまりお気に入りとは言い難いのだ。
「まあ異世界転生ってだけで現実じゃありえないもんね……」
「そうだよなー」
そんな他愛もない会話をしながら僕らは信号を渡る。向かう場所は廃ビルだ、そこでジンとハクが待っている。
「あれっ……」
「どうしたの、ヒロ?」
そう言えば、思い出したことがあった。
「……リュートって、異世界転生してるじゃん」
この物語って異世界転生モノじゃん。
「あ、ほんとだ……馴染みすぎちゃって気付かなかったね」
だからリュートは異世界転生モノが好きになったのだろうか。となれば是非一つ聞いてみたい。
「異世界転生経験者からしたらどうなんだ、この小説は?」
「どうって言われてもな……」
「やっぱり異世界転生すれば、世界は変わるものなのか?」
「まあ、実際に的確だとは思う、共感する部分は多かったな。まるで見てきたみたいだ」
「ほんとかよ……」
異世界からきたリュートが言っているのだからきっとそうなのだろう。人間の想像力とは恐ろしいものだ。もしかするといずれは、ゲーム内の死亡と現実世界の死亡がリンクする時代がくるかもしれない。
まだ見ぬ世界に思いを馳せていると、ハルが呟いた。
「でも、リュートは向こうの世界でも上手くやってそうだよね」
「どういう意味だ?」
「いやだって、異世界転生モノって元いた世界ではダメダメだったけど、転生したら強くなったって話が多いでしょ。リュートはそんなことなさそうだなって」
「いや、そんなことはない。俺はどこでも普通だ。元いた世界でもこっちの世界でもな」
あまりに優等生じみた返答だっただけに、ハルも信じた様子はなくその答えには興味なさげに頷いていた。
「ふーん、そっか」
いつの間にかアーケード街を抜けてT字路に差し掛かる。普段ならば僕とハルは左へ、リュートは右へ曲がるのだが、今日はそろって右へ曲がる。向かう先は例の廃ビルだ。
入り組んだ道を僅かばかり歩いて行くと、目的地の廃ビルへとたどり着いた。一般的なビルと比べると小ぶりだが、醸し出す雰囲気がこの建物を大きく見せている。
ここへ入るのは三度目になる。しかし、何度来てもこの緊張感と寒気には馴れない。こんな場所が近所にあったことを改めて驚かされるものだ。
しかし恐怖は微塵も感じない。
なぜなら今回はいつもとは違う。リュートを追って這入るわけでも、リュートを探して這入るわけでもない。
リュートはここにいるのだ、ただそれだけの事実が何故か心に安心感を持たせてくれる。
「それじゃ行くぞ、ここの三階だな?」
「…………」
声を出してはいけないわけではないが、リュートの問いかけに頷いて応えた。
リュートがエスカレータの段へ足を一歩また一歩と踏み込んでいく。足取りはどこか慎重で重みを感じる。リュートも少しの緊張感を感じているのだろう。
二階を飛ばして目当ての三階へと一直線に進んでいく。
三階へ上がってフロアに足を踏み入れた瞬間、僕らは同時に只ならないプレッシャーを感じた。ここにジンとハクがいて僕らを待ち構えている。ただそれだけのことなのに、だ。
未知との遭遇ということでもない。ハクとはこの数日でよく会話をして互いに仲を深め合った。ジンのことだってハクとの会話の中でどんな人物なのかというイメージはつかめたはずだ。
しかしそれでも、まだ僕らはあの二人について何も知らないような気がする。今までのハクは、平和で平穏で平凡な僕らの世界でのハクだったような。
どれだけ考えてもその真偽はわからない。しかし一つだけ分かることが、理解できることがあるとすれば。
僕らが踏み出すここからは、あちら側の世界なのだ。
「いくぞ……」
リュートの一声に頷いて進んでいく。いくつも扉が隣接している通路を歩いて抜ける。
あと少しで通路を抜けようかという所、通路の隅に三角座りをして寝ているハクがいた。ハクを見つめながら近づいていくと、ハクが僕らの気配に気づいて目を覚ました。
「――ん、んん」
起きたハクは瞬きをしてジト目で僕らを凝視する。
季節は冬だと言うのに冷たい汗が背中を伝った。
「ハク……」
「――なんやヒロか、思ってたより早かったなぁ。おはよぉ」
あくびして伸びるハクの姿に思わずため息が出た。
「ジンはどこにいるんだ?」
「あーはいはい、ジンやな……」
屈伸をしながら立ち上がると、ハクは僕らに付いてくるようにと顎で示した。
「…………」
おとなしく付いて行き長く感じた通路を抜ける。
この前に見た三階の光景ならばデスクとデスクチェアがまばらに並んでいたのだが、デスクは固められて一つの大きな卓に、デスクチェアは部屋の隅で雑多に積み上げられていた。
さらに、卓の奥には、どこにあったのか大きなリビングソファと一人掛け用の小さなソファが間隔を空けて並んでいる。しかしどちらもボロボロで処々が破けて中の綿が出ている。
そしてお目当てのジンは、何故か卓の上に立ってこちらを見ていた。相変わらず壁に開いた大穴から入る風がコートをなびかせている。
「ああ、ようやく来たか……歓迎するよ」
僕らの来訪に気付いたジンは顔だけこちらに向け、きりりと口の端を吊り上げた。
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