第11話 ハルへの想い

 今日はまだ火曜日だと言うのに朝から少し気だるい。そうと言うのも月曜日の情報量が尋常じゃなく多かったことが大体の理由になったりする。

 昨日、月曜日に僕はリュートの秘密を知ってしまった。いや『しまった』とか言うと不本意な感じがしてしまう。僕は自分から知りたくて知ったのだ。


 リュートはいわゆる異世界転生をしてきたらしく、その転生するために使用されたというか、リュートから言えば役割を果たしたのが学校にある例の池らしい。

 なら、僕が出会ったあの巨人や狼は一体何なのかということは、昨日の帰り道にリュートから聞いた。あれはリュートが転生したことによって出来た魔力の歪みが関係しているらしい。なんでも普通はいないはずのリュートがいることで魔力が揺らいでリュートの周辺ではあんなことが起こるらしい。池の水に魔力が張っていたのもそれが原因だとか。


 リュートがもとの世界に戻れば同時にこの世界での魔力の揺らぎはなくなるらしいけれど、今は池の水が濁っているせいで帰れずにいる。だからリュートは魔力の揺らぎ――それによって生まれたあの巨人を消滅させることで元の世界に帰ろうとしているらしい。


 僕は歩きながら昨日リュートが説明したことを頭の中で整理する。

「つまり、あの巨人たちを倒すことがリュートの目標か……」

「――何が目標って?」


 突然後ろからかけられた声に振り返ると、いつの間にかハルが僕の後ろまで駆け寄ってきていた。


「あ、いや……次のテストでは高得点を目標にしたいなって」


 咄嗟に思いついた言葉を口にするが、ハルはどこか不思議そうに僕の顔を見ている。リュートの秘密を教えてもらう条件としてこのことを口外しないことが含まれている。僕は精一杯悟られぬよう平然を保った。


「ふーん……珍しいね、ヒロが高得点を取りたいなんて」

「いつもハルに負けてばかりじゃいけないからな」

「そうだよ、ヒロはやればできるのに、やらないから中途半端なんだよ」

「……ハルに言われると説得力あるな」


 僕がそう言うと、ハルは照れくさそうに笑うと「当たり前じゃん」と言った。

 ハルはもともと勉強ができるタイプではないのだ。それを膨大な勉強量でカバーすることでハルは成績上位者を保っている。


 だからこそハルは努力すれば報われるという考えを否定せず、実際に努力している人たちを馬鹿にしたような発言はしたことがない。しかし、そんなハルには才能とか地力とかそう言ったものを知ってほしいと思うこともある。


「そういえば、リュートとはどうなったの?」


 歩きながら隣でハルが僕に尋ねた。

「まあ、上手く打ち解けられはしたよ。ハルのアドバイスのおかげだ」

「アドバイス? そんなの私したっけ?」

「あれだよ、人の顔はなんたらってやつ」


 僕がそう言うと、ハルは思い出したのか「ああ」と言って何度か頷いた。

「あれはね、なんっていうか……自分への戒めみたいな所があったから」

「戒め?」


 尋ねるとハルは俯いて僕にさえ聞こえるか分からない声量で呟いた。

「私も正面から向き合わないといけない人がいるから……」


 正面から向き合う――ん?


「そういう意味だったのかあの言葉?」


 慌てて問いただすとハルはむしろ不思議そうな顔をした。

「え、そうだけど?」

「そうだったのかー」


 突然座り込んだ僕をハルは驚いたかと思うと少し引き気味に労った。


「どうしたの?」

「いや、言葉のまま正面から顔を見た自分自身が恥ずかしくなった……」

「あ、そういう……いやそんな落ち込むことじゃないよ。私も回りくどかったし」

「フォローしないでくれ、余計惨めに感じる」


 そう言って僕は座ったまま動かないでいると、隣にいたハルは小さくため息をついた。そして前でしゃがむと僕に向かって手を伸ばしてきた。


 ちなみにこの角度からはハルの下着が見えるのだが、ハルの下着なんて見慣れているから僕は特別意識したりはしない。それに今日は黒パンを履いているじゃないか、これでは見えるはずの下着は見えない。


 心の中でため息をつき差し伸べてくれたハルの手を取る。寒くなってきた季節とは相反してハルの手は随分と温かい。


 僕の家から少し歩いて行くと、あのアーケード街に差し掛かった。


 少し前の帰り道にこのアーケード街から廃ビルを眺めた日を懐かしく思う。あの時感じた気だるいような肩が重いような感覚を今は感じない。しかし、あの気だるさは周辺で魔力の濁りがあるからとリュートが言っていた。つまりそれを感じない今はまだ昨日の巨人や先日の狼みたいな怪物はまだ生まれていないという訳だ。


 だが、リュートは僕がそれを感じるのはリュートと長い時間一緒にいることが理由と言っていた。それならば、ここにいるハルもそれなりの時間リュートといるのだけれど(僕がリュートと一緒にいるときはよくハルも混ざって会話している)、ハルも同じように魔力の濁りを感じているのだろうか。


「なあ――」


 疑問に思って尋ねようとした僕の声は、同時に話したハルの言葉にかき消された。


「でも大事だよね……」

「……何が?」


 ハルを見ると、ハルは遠くの方を切なそうに儚げに見つめていた。


「正面から顔を見るのも、大事だよね」

「からかってる?」


 冗談半分に怒ったふりをしながら言うと、ハルは笑顔を浮かべながら「違う、違う」と言って僕の顔を見つめた。


「正面から向き合っても顔が見れなきゃ意味ないから……ね」

「そりゃあ、まあそうだろうな」


 僕が応えるとハルは笑顔のまま僕の顔を両手で掴むと、ハルの顔と近づけた。


「な、なにすんだよ!」


 突然迫ってきた顔に慌てて首を振って手を振りほどく。

 ハルはと言うとそんな僕を見てクスクスと笑っていた。


「うん、私は大丈夫かな」

「何が!」


 今度は本当に怒ってハルに尋ねる。


「正面から向き合って顔を見ても大丈夫ってこと」

「なんだよそれ」


 ぼやきながら僕はため息をついた。


「ん?」

「どうしたの?」

「いや……」


 よく考えてみたらハルには「正面から向き合わないといけない」人がいるって事じゃないか。それに「正面から向き合う」って完全に告白とかそういうシチュエーションだ。


 そんな人がいるなんて僕は一度だって聞いてないし、そもそもハルがそんなことを思っていた事さえ僕は知らなかった。


 でもハルみたいなモテモテな人間が告白なんてしたら成功は確実だろう。もしハルが誰かと付き合ってでもしたら、僕の胸の中で温め続けた想いは一体どうすればいいのだろう。いっそのこと玉砕覚悟でもこの気持ちは伝えた方が良いのだろうか。


「…………」

 悶々としていつまで経っても行き場を見つけない想いを胸に、僕は道に転がっていた石を蹴った。

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