第29話 ハク

 家の前にはハルが立っている。どうやら僕を待っていたようだ。しかしその顔はどこか不安がっているようにも見えて、なにやら道路の方を気にしている。


「ハル、おはよう」

「おはよう、ヒロ……」


 僕に手を振るハルだが、やはり道路の方を気にしているようだ。


「何かあるのか?」

「うん。まあ……」


 ハルの曖昧な反応が僕の興味をそそらせる。

 気になってハルの元へと近寄ると、ハルが気にしていた存在に気付いた。


「な、なんでここに……」

「……そんなん、うちが言いたいわ」


 そこには、こんな時期だというのにノースリーブのワイシャツに長袖のブラウス、そして極めつけはホットパンツというファッションを着こなす謎の関西弁少女――ハクが腕を組んで立っていた。


「ハル、どういう状況なんだ?」


 家の前で腕を組みながら仁王立ちするハクを横目に、ハルに訊ねるがハルは頭を振った。


「わからない。私がヒロ待っていたら、突然歩いてきたの」

「えぇ……」


 やはり本人に訊くしかないのだろうか。しかし何と言うか、僕はこのハクが少し苦手だ。ジンのように何でも見透かしたような態度を取っていれば、対抗心が沸いて突っかかっていけるのだけれど、ハクは何と言うかそう言うのとは少し、いや大分と違う。

 謎が多いと言えばそうなのだけれど、ただそれだけではない。何か神聖な物を見ているような、触れてはいけない物のように感じてしまう。


 それに、ただ謎が多いだけならば、僕の中に眠る好奇心という形をした猛獣がじっとしているわけがないのだ。しかし、そんな猛獣すらも抑え込んでしまうような圧倒的な神秘性を彼女から感じずにはいられない。


「…………」


 ハクは依然として腕組みをしたままこちらの方を、と言うかハルの顔を見つめている。

 そう言えば、廃ビルで初めて会った時も帰り際にハルの顔をずっと見ていたが、ハクはハルの何かが気になるのだろうか。


「あの――」


 僕がいよいよ話そうとしたところ、僕の声は同時に言葉を発したハクによってかき消された。


「まあたしかに、かわいいってゆうのは認めたる!」


 腕くみをしていたハクは、その腕を解き右手の人差し指をハルに向かって立てた。

 しかし、指されたハルはというと、何を求められているのかわからず、あたふたした後視界に入った僕に向かって言った。


「だってさ、ヒロ!」

「いや、どう考えてもハルへの言葉だって」


 僕がそう指摘すると、ハルは苦笑いをしながら「やっぱり?」と言った。


「えっと……ありがとう。ハクちゃん」


 ハクの視線の高さまでしゃがみ込んでハルは笑いかけるが、ハクは満足するでもなくむしろ、先程より語気を強くして、


「でも、あんま大したもんでもないな!」


 と、もう一度ハルに指さして言った。


「えー!」


 さすがのハルも声が上ずっている。


「そ、それで……どうしてハクは僕らのところにいるんだ?」


 僕の言葉に、ずっとハルのことを凝視していたハクの顔が浮いた。


「ジンに頼まれたから」

「ジンに……?」

「そう。リュートがいない間は魔物が来たとき危ないから守ったって、って」

「それでハクが来たのか?」

「うん、ほんま自分ですればええのに……」


 ハクは体の前で握りこぶしを作って空を睨んでいる。二人で過ごしている割には仲は良くないのかもしれない。それに魔物から守る役に、ハクなんて子供を読んで大丈夫なのだろうか。

 そんな疑問が頭によぎったが、その問いの答えはすぐに僕の頭の中で出てきた。廃ビルで虎の動きを止めた鎖と、虎の息の根を止めたあの槍。

 あんなことができるのだ、ならば僕らを守ることだってできるのだろう。


「でもいいのか、僕らを守ってくれるだなんて?」

「……じゃあ、ヒロは自己防衛できんの?」

「いや……それはちょっと難しいけど……」

「だから守ってあげんの。誰かが傷ついたり死んだりするのは、うちもジンもいややし」

「……そっか。ありがとう」


 ハクの前にしゃがみ込んで、澄んだ淡黄色の髪を撫でてやる。しかし少し触れただけでその手はハクによって振り払われた。

 少し子ども扱いしすぎただろうか。そう思ってハクの顔を覗き込む。


「べ、別に頼まれてやってるだけやから。ありがとうとか、そんなん言わんでいいから」


 僕の予想とは反して、ハクは顔をほんのりと赤らめている。どうやら照れているらしい。


「それで、さっきハルに言った、かわいいけど大したものじゃないって言うのは……?」

「それは……ジンがかわいい、かわいいってゆってたから。どうかなって思っただけ。実際うちの方がかわいいけどな!」


 胸を張る姿に僕もハルも苦笑いで見つめあう。


「そ、そうだね、ハクちゃんの方が私よりずっとかわいいよ!」

「うん、ハクは顔立ちも子供っぽくて愛らしさがある」


 二人で身振り手振りも付けてハクに訴えかけると、ハクはまじまじと僕らを見ていたがやがてそっぽ向いてしまった。


「そんなんゆわれたって、嬉しくないし……でも、ありがとうくらいはゆったる」


 その態度に僕とハルはまたも顔を見合わせた。そしてどちらかでもなく笑い出した。

 突然笑い始めた僕らに驚いたのか、ハクは僕らの顔を交互に見比べた。


「な、なんでいきなり笑うんよ?」

「いや……なんて言うか」

「そうそう、なんかハクちゃんも普通の娘なんだなって」


 僕も考えたことはハルと同じだ。ずっと謎の二人組だと認識していただけに、おかしな先入観を持っていたが、こうして会話をしてみると、ハクはずっと子供なのだ。


「よし、それじゃあ学校行こうか、ハル」

「そうだね」


 そう微笑むとハルは右手でハクの手を掴んで歩き始めた。


「ちょ、手なんか捕まんでいいよ」

「えー、でもハクちゃんまだ子供だし」

「あんま子ども扱いしてたら怒んで」

「ごめんごめん」


 謝ってはいるが、ハルは手を一向に放そうとはしていない。それに業を煮やしたのかハクが無理やり手を振りほどいた。


「もう、ハクちゃーん」

「くんな!」


 ハルがハクを追いかけて、それを僕が追いかけながら、僕ら三人は学校へと向かった。

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