三島作品を読む順番について

0:序文

 過去にTwitterのモーメント機能で纏めていたものの、昨今のTwitterの頻繁な更新と仕様変更を見るに、いつ消滅するか分かったものではないし、そのモーメントでさえ相当前に作ったものであるため、言葉が非常に足りない部分や解釈が変わった部分があり、故にここに三島作品をどのような順番で読むと良いのか… という、入門用テキストを書いておこうと考えた。

 かなり以前に書いた『三島由紀夫と同性愛』その他、三島関連テキストの伸びが相変わらず良い(話によると、グーグル検索で上位に引っ掛かるらしい)ので、書き置きしておくにはここカクヨムがもっとも適しているであろうと考えるものである。


1:結局、三島由紀夫って何から読めばいいの?

 『仮面の告白』。

 『仮面の告白』以外ありえない。

 面倒なのでいつも”仮面”と言っているのでここからは仮面と表現するが、三島作品一冊目に推奨するのが仮面であることは今も昔も全く変わらない。

というのも、どの作品をどのような角度で考察しようと、三島由紀夫という作家に真摯であればある程、その考察は最終的に仮面に行き着いてしまうのである。

もし真面目に三島由紀夫の考察をするのであれば、いわば”仮面以前の三島由紀夫”というものを考察する価値があるであろう……と言えるぐらい、仮面とは作家・三島由紀夫の本質を表している。

しかも、大抵の作家の場合、その作家の真髄とも呼べる作品は難解であったり、その作家独自の文脈を踏まえていなければ読み解くことが出来ない作品であることが多々あるのに対し、仮面は三島の代表作でもあり、文壇においてその名を轟かせた最初の作品でもあるため、難解ではなく、非常に読みやすい部類に入る。

 ……と、言うより三島の作品は基本的に読みやすい。華美かつ流麗、装飾的でありながら三島由紀夫の文体というのは決して可読性に劣らず、それ故に一般に純文学というジャンルに抱かれがちな難解さと距離を取っている。

無論、読み解くには技術と知識が必要な作品は幾つか存在する(豊饒の海がその典型例であろう)ものの、少なくとも仮面においてはそのような問題は殆ど発生しないと言っても良い。

三島由紀夫が書きたかったこと、これから書くことの全てが仮面にはあり、ただ文学者・三島由紀夫が始まった・開始された地点が仮面であるというのみであり、無論、文学者・三島由紀夫の終焉は豊饒の海にある、が……とにかく、三島作品を好むようになるか否か、その全てが仮面にかかっている。


2:で、仮面の次は?

 代表作を読んでみよう。

といっても三島由紀夫は代表作と呼ばれる作品が非常に多いし、短編や戯曲、或いは随筆も存在する。

無論、それらにも面白い作品は多数存在するのだが、仮面の次に読めと言っても戯曲を読んでしまうと感覚が狂ってくるように思う。まして随筆など、相当に砕けた口調で物を言うので、三島由紀夫を何かおどろおどろしい異常者だと感じている人は拍子抜けに思うかもしれない。

なので、仮面の次に読むべきは長編小説になるだろう。

いわゆる三島の名作と呼ばれ、皆が愛し好む作品はこのへんになってくる。

『金閣寺』

『禁色』

『午後の曳航』

『潮騒』

『獣の戯れ』

このうち『獣の戯れ』だけが浮いていると感じる人が居るだろうが、これは筆者の個人的な趣味という奴で、多数の作品を書き残した三島由紀夫の作品の中で、知名度と面白さが全く一致していないと感じる作品の一つが『獣の戯れ』である。

もし、三島の代表作はおおよそ読み終わったと言う人が居て、仮に『獣の戯れ』を読んだことがないと言うのであれば、ぜひ一度『獣の戯れ』を読んでみて欲しい。こんなに面白い作品を何故今まで読んでこなかったのか!……と、思うかもしれない。


3:三島作品をもっと読んでみたい!

 大抵の人は『仮面の告白』と『金閣寺』に、幾つかを読んで三島由紀夫を読むのを終えるであろうし、筆者はそれを否定しない。確かにそれらを読んだだけでも、三島を程々に読んでおくという意味では全く間違いではないからだ。

まあ……勿体ないとは思うけれど、人には人の読み筋があるし、三島を馬鹿にするぐらいならもっと真面目に読め! と言いたくなる場面も沢山あるが、それは置いておく。

その上で、幾つかの読み筋を提示しながら話をする。

三島由紀夫は多数の作品を後世に遺しており、ジャンルも様々なので、ここではジャンル分けをしながら、それぞれのジャンルで面白い作品を列挙していくことで、このテキストの読者に複数の選択肢を与えようと思う。

どれを読むかで悩むのも読解のうちなので、大いに悩んで欲しい。

@娯楽作品

『美徳のよろめき』

『肉体の学校』

『永すぎた春』

『夏子の冒険』

@短編作品及び短編集

『花ざかりの森・憂国』

『手長姫・英霊の聲』

『岬にての物語』

@戯曲及び戯曲集

『近代能楽集』

『サド侯爵夫人・わが友ヒットラー』

『癩王のテラス』※入手性に難あり

@モデル小説

『絹と明察』

『宴のあと』

『青の時代』

 娯楽作品は相当砕けた文体で、その中に煌めく美的な表現が光るが、とくに『夏子の冒険』は三島自身の女性観を見て取ることが出来る上に、妙に中身がライトノベル風で、多分表紙を流行り絵師にして電撃文庫で出しても違和感がないであろう中身だ。また当時流行語にもなった『美徳のよろめき』を筆頭に、娯楽的な作品でも手の込んでいる作品があるのがよく理解できる。

 短編作品のうち筆者が感動したのは『手長姫・英霊の聲』で、この本は三島由紀夫没後50周年を記念して刊行された本で、かつては全集や、でしか読むことが出来なかった幾つかの短編作品が収録されており、出来ることならば三島を好む人々全てはこの本のセレクトに感じ入って欲しいと願う。

 戯曲について……三島は戯曲作家だ、と呼ばれる時がある。これは正直的を得た意見とはとても思えないが、実際三島は劇団と関わって作品を供給する時期があった。その中でも『サド侯爵夫人』及び『わが友ヒットラー』は、現在でも上演されることのある演目であるし、『近代能楽集』は英米仏における三島由紀夫の評価を確立した作品集である。個人的に『癩王のテラス』を推奨しているのは、筆者がもっとも好む三島の戯曲がこの『癩王のテラス』であるからなのだが、入手性に難ありと記述させてもらった……しかし、読む価値はあるであろう。

 モデル小説。実は三島由紀夫はモデル小説を相当に書く。仮面やその他のエッセイでも述べているように、三島は現実事件を自らの世界観の下に再構築するような小説を書きたがる傾向があり、実は代表作である『金閣寺』もモデル小説である。

ただ『金閣寺』が我田引水的な、あくまで三島的なものとして再構築された作品であるのに対し『絹と明察』はジャーナリズムに寄せながら、日本国家のナショナリズムをも同時に記述した作品で、言ってしまえば筆者の超がつくお気に入りである。

また法学に親しんだ人間にとっては『宴のあと』は面白いかもしれない。


4:で、いつ豊饒の海を読めばいいの?

 待って欲しい。

 いきなり豊饒の海なんか読まないで欲しい。

非常に嘆かわしいことではあるが、三島作品のうち『仮面の告白』『金閣寺』から三段飛ばしで豊饒の海に行って

「なんだ、三島なんて大したことないじゃないか」

というような結論を得てしまう人々が多数居る。

実際にはこれは三島作品の読み方を違えて、知名度優先で作品を読み進めてしまったことによって起こる弊害なのだが、こうした言説を弄する人間に限って、作品の読み解けなさを三島に押し付けてしまうことが多々ある。

正直なところ、豊饒の海を読むのであれば、のだが、それでは誰も豊饒の海を読むことが出来ない(何せ筆者でさえ、三島の著作物の八割ぐらいしか読めていないのだから)ので、豊饒の海を読む前に、先に挙げたものとは別で、読んでおくべき作品を列挙しておく。

『太陽と鉄』

『英霊の聲』

『鏡子の家』

『葉隠入門』

これらのテキストは、三島の思想的な根幹に迫るものであり、また小説『鏡子の家』は三島自身の転換点でもある。世間的な評価が伴わなかった作品でもあり、冗長な作品と捉えられるかもしれないが、一度は読んでおいて欲しい。

言ってしまえば、見方によっては三島が一種、思想の”自家中毒”のような状態になっていく過程が見て取れる。もっとも筆者はそうは思わないが、一般に三島の行動を狂気的なものとして捉える人々にとっては、ある種のヒントとしてこれらの作品は答えを齎すかもしれない。

 個人的には『文化防衛論』や『不道徳教育講座』も入れたかったが、前者は政治的で直接の関与を見出すのは難しいし、後者は随筆的なもので、砕けた文体であるため、豊饒の海に繋がる連続性を見出すのは難しいと判断した。


5:豊饒の海を読んだんだけど……

 ここまで来たらもうあなたは豊饒の海を読み終えているだろうし、もしかしたらその喪失感への解答を求めているかもしれない。

ので、ここでは本筋の三島から離れて、三島の批評のうち、有意な解答を齎し得る幾つかのテキストを紹介したい。

村松剛『三島由紀夫の世界』

猪瀬直樹『ペルソナ 三島由紀夫伝説』

ジョン・ネイスン『三島由紀夫 ある評伝』

ヘンリー・スコット・ストークス『三島由紀夫 死と真実』

澁澤龍彦『三島由紀夫おぼえがき』

飯島洋一『<ミシマ>から<オウム>へ』

平岡梓『倅・三島由紀夫』

このうち、『倅・三島由紀夫』は正直言ってひどいテキストで、三島の苦労が垣間見える一冊なのだが、それ故に推奨しておきたい。


番外編:なんでこの作品取り上げなかったの? 集

『美しい星』

三島由紀夫が書いたSF小説であり、原作改変の上で映像化されている。

正直言って筆者はこの作品が好きではなく、当時三島がこの作品を気に入り、翻訳家であるドナルド・キーン氏に翻訳を依頼したが、キーン氏個人の好みの問題で英訳に至らなかったという。その気持は正直、よく分かる。私も読んだが、この小説の登場人物は正直イカれていて、全員統合失調症の患者としか思えない……。

凄まじいオチが用意されているらしいことは知っているのだが、どうも後回しになってしまう。

『文化防衛論』

三島の政治的側面を知りたいのであれば是非読んで欲しい。

が、一般的な読書家の趣味には合わないだろう……書いてあることは冷静に読めば面白いことばかりなのだが、一般的な読書家は理解出来ない内容である。それでもよければ……。

『不道徳教育講座』

三島由紀夫が書いた、非常に砕けた随筆なのだが、三島由紀夫の本質がかなりの部分見出だせる作品でもある。ただ、何も知らない人間が読んだら、ただ単に三島がおちゃらけた人にしか映らない気がしないこともない。

『文章読本』

小説を書く人間に勧めたい一冊だが、つまるところ

「書きたいなら沢山読むことだね」

の一言で終わってしまう中身でもある。先生、多分皆がそれ出来たら苦労しないですよ……笑

『美と共同体と東大全共闘』

最近映像化もされました。

しかし、正直映像化された方はイマイチで、死ぬ直前の瀬戸内寂聴が映像に残っている以上の価値はあまりない。というか、これを読めば終わる話である。

読むと、70年代における現代思想と呼ばれた思想系譜が理解出来るかもしれない。

『尚武のこころ』

三島由紀夫の対談集である。

特に面白いのは石原慎太郎との対談で、やれ君を斬るだのといった会話が展開されるので、正直に言ってファンアイテムである。入手がちょっと難しいので入れなかったが、三島が好きな人は読んでみて欲しい。

『恋の都』

三島由紀夫が書いたバリキャリ女が主人公の娯楽小説と言えば理解出来る。

それ以上でもそれ以下でもないのだが、三島自身がわりと女性に対して進歩的な目線を持っていたことが少しは理解出来るであろう。


最後に:わかんないときはどうすればいいの?

筆者に聞いてくれ。教えるから……。




以上。

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