【第四の文学】

STGの不可能性

 読者諸兄らがご存知であるかは定かではないが、数学史に残る難問の一つに

『フェルマーの最終定理』

がある。


 17世紀フランスで生まれたピエール・ド・フェルマーは”趣味”で数学をやり、そして様々な功績を残して死んだ。

彼が残した人類史に残る難問。

それが『フェルマーの最終定理』である。

フェルマーの最終定理を証明するために、人類が生み出した数多の天才達が考察した末に、1665年にピエール・ド・フェルマーが死んだ後の”328年後”の1993年、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズがこの怪物にとどめを刺した。

これは人類が生み出した”不可能性の神話”の一つであり、”不可能という名の怪物”に挑み続ける人類の歴史的物語の代表例である。

しかし、文学を愛する読者諸兄らがよくご存知である通り、神話とは書き記すことで残されるものである。物語とは、筆記者の存在をもって後世に残るのである。


 人類がコンピュータを生み出し、その能力を使った遊戯として生み出したのがコンピューターゲームである。

現在、世界中にゲームは満ち溢れている。スマートフォンでもゲーム機でも、ありとあらゆる場所にゲームがあり、ゲームの存在を知らず、触れたこともない人間の方が寧ろ少なくなりつつある。

では、コンピューターゲームの始祖。母たる母。始祖鳥とは一体どのようなものであったのだろうか?

これは明確である。

マサチューセッツ工科大学の学生、スティーブ・ラッセルが作り出した

『スペースウォー!』

である。

このゲームは、真っ暗な画面に戦闘機を模した自機が二つあり、互いに弾を撃ち合って相手プレイヤーに当てるという対戦”シューティングゲーム”であった。


 そうして生まれたコンピューターゲームは様々なバリエーションを持つようになったのは読者諸兄もよく理解しているであろうが、そのより原始的なゲームに近い存在。今や”生きた化石”となったゲームジャンルに、シューティングゲームがある。

(以下STGと略称ス)

STGというジャンルが世間を席巻したのはかの有名な『インベーダーゲーム』であり、日本中でこれは大流行した。

これ以降、まずゲームの第一の流行ジャンルとしてのSTGは数を増やしていった。

STGはしばらくの間人気ジャンルであったが、ドラゴンクエスト・ファイナルファンタジーに代表されるようなロールプレイングゲームの人気が出て、STGはゲームセンターに追いやられた。

そして、ゲームセンターにおいてもストリートファイターに代表される格闘ゲームに追い詰められ、STGはとうとうゲームセンターの片隅で格闘ゲームの順番待ちにプレイされるゲームに成り果てた。

 しかし、こうして”余暇”でありながら”苦行”であり”不可能性を有する”ゲームジャンルとしてのSTGの歴史が幕を開けるのである。


 その当時、ゲームプレイヤーは皆ゲームが異様に上手かった。

現実のあらゆる場面から追い出されてゲームセンターに逼迫し、或いはゲームの存在そのものによって現実から追い出されたゲーマー達は、格闘ゲームが流行するその直前までゲームセンターでSTGをやり続けていたのだ。

さて。

STGが主だった客を格闘ゲームやRPGに奪われたその先で、尚STGに残った人々。彼等は無論、STGが上手く、そして世間の流行に乗ることを自己に許さない人々であった。

ここでゲームはいわば”大乗仏教”的な世間的流行の中にある格闘ゲーム・RPGと”小乗仏教”的な、或いは歴史的にはチベット密教にも程近い、苦行と修行を自己に課すゲームジャンルとしての歴史が始まったのである。

 まず、人気STGの一つ。グラディウスの当時の新作『グラディウスⅢ』は、今もその高難易度で知られている。

ステージは10まであり、その中にはどうしても”運が悪ければ絶対にどんなプレイヤーでも被弾する”(クリスタル面)ステージが含まれていた。

このSTGについている公式の副題が存在する。


『伝説から神話へ』


これこそが、STGの不可能性の始まりの文言であった。

次に、STGを多数発表した東亜プランの新作STG。

『達人王』

これもまた、狂気的な難易度を有する作品として有名である。

これにもキャッチコピーが存在する。


『達人を越えて王となれ』


これらの作品はとてつもなく難しかった。

難しかった”はず”なのである。

しかし、シューティングゲーマー(以下シューターと略称ス)はこれらをクリアした。例のクリスタル面に至ってはプレーヤー個人によるその場面を練習するだけのシミュレータまで作られた。

 こうしてSTGは、不可能性を有する狂気的難易度を持つゲームと、それを攻略し尽くす狂った達人達の神話的闘争が展開されるようになった。

無論、そういったタイトルばかりではなく、遊んで楽しいSTGもあったし、生み出され、人気もそれなりにあった。

しかし、そうしたシューティングゲームに留まることをしなかったシューター達はより高みを目指し、自己に”苦行””修行”を課すSTGへと上り詰めていった。


無論、世間はSTGを垣間見るどころか、STGから離れていった。

シューター達はその苦行を半ば自嘲的に考えながら、シニカルで引きつった笑みを浮かべ、画面の見過ぎで落ちた視力を眼鏡で補いながら、STGをプレイし続けていった。


 そうして逼迫していったSTGというジャンルは、STGに関わるゲームハードや会社に敗北の結末を与えた。

STGが流行するゲームハードは何故かゲームハード戦争に敗北する。これはゲームハードの歴史が証明している。

(PCエンジン、メガドライブ、セガサターン、XBOX360)

そして『達人王』を生み出したゲームメーカー東亜プランは倒産し、『グラディウス』のコナミもまたSTGではなく、実況パワフルプロ野球といった野球ゲームを作るようになり、現在に至っては事実上のフィットネス経営会社と成り果てている。


 しかし。

 それでも尚。

 STGは生み出され、作り続けられた。

ゼロ年代を代表するコンテンツ『東方Project』は弾幕STGであり、STGという晩年を迎えたゲームコンテンツに新たなプレーヤーの出現を齎した。

そして、世間の表街道を征く『東方Project』の裏側で、その東方に強く影響を与えながら、世界の裏側……ゲームセンターにSTGを発表し続けたメーカーがある。

株式会社ケイブが、それである。


このメーカーは『怒首領蜂』を作り、世間に弾幕STGというジャンルを生み出した偉大なる中興の祖であったわけだが、同時に一つの悪癖を持っていた。


 株式会社ケイブは、人類に挑戦するのである。


かつて『グラディウスⅢ』を攻略し『達人王』を打ち倒し王となったシューター達に、彼等は挑戦状を叩きつけたのである。

 そもそも『怒首領蜂』からして異常であった。

『怒首領蜂』とは、花火の如く打ち上がる大量の弾を当たり判定の小さい自機の強力な攻撃でもって撃破することで独特なカタルシスを表出させる脳内麻薬発生装置なわけであるが、その真ボス”火蜂”は当時のシューター達を驚愕させた。

まず、自機を無敵にし強力な攻撃を放つ回数限定の”ボム”を撃つと、火蜂はバリアをはり、その攻撃によるダメージをゼロにした。

当時画面上に同時256発までしか表示出来なかった弾を、プログラミング上においては”256発以上発射するように”プログラムした。

アーケードゲーム攻略雑誌『ゲーメスト』誌面において

「どうやったら火蜂の攻撃を避けることができるんですか?」

と質問がなされ、ケイブは公式に

「気合いで避けて下さい」

と回答した。

 その続編『怒首領蜂大往生』はゲームとしての完成度をより高めながら、同時にあの『火蜂』を超えるボスとして『緋蜂』を生み出した。

 攻略された。

 ケイブが出したSTG『虫姫さま』において”真アキ”が登場する。

このボスはボム無効化のバリアは無論のこと、ボムを撃つと大量の弾を撃ち返すという仕様まで盛り込まれ、とうとう攻略不可能であるかのように思われた。

 攻略された。

 そうしてケイブは『怒首領蜂大往生』をPS2に移植し、ボスラッシュモード『デスレーベル』を作った。

2003年に生み出されたPS2版怒首領蜂大往生のデスレーベルでは、最終的にあの『緋蜂』が二体同時に出てくる。

「怒首領蜂大往生デスレーベルは攻略不可能なのではないか?」

当時のシューター達はそう思い込んでいた。

私も、そう思っていた。


 しかし。

 かの2010年。

 9月18日。

 怒首領蜂大往生デスレーベルは、攻略されたのである。


次に怒首領蜂大復活においても同様に真ボスが設定された。

これも、攻略された。

そして、怒首領蜂大復活のセルフアレンジ。

『怒首領蜂大復活ブラックレーベル』

において、怒首領蜂大復活の真ボスをさらに強化した真ボス『Zatsuza』が現れる。

 このボスについて、私には思い出がある。

当時のプレーヤーであったC氏が、株式会社ケイブのイベント会場に登場し、こう言ったのである。

「ゲーセンでこのボスを出した三回目に、ノーコンティニューで撃破した」

それを聴いたケイブの開発者、池田恒基は。

「えっ……三回? 三回……はぁあああ……」

そう言って脱力する池田恒基を見てプレーヤー達は笑った。私もその現場に居た。


 そうして、様々な事情によって会社が傾いたケイブが出した怒首領蜂シリーズの最終作『怒首領蜂最大往生』において”魔法少女まどか☆マギカ”主人公、鹿目まどかのと同じ声優・悠木碧の声で、とうとう”ヒバチ”は最後の姿を表した。

『陽蜂』

である。

魔法少女まどかマギカに影響を受けたらしく、あのままの声で、陽蜂はボムを撃つとバリアをはり

「バーリアー! 平気だもーん!」

と叫ぶ。

 攻略された。

しかし、ケイブはとうとう陽蜂のさらに上を行く、同ゲーム最大のボス『陰蜂』を生み出し


2012年から現在。

2020年1月13日に至るまで。

『陰蜂』は、撃破されていない。


ケイブが出した真ボス「火蜂」において登場したシュバルリッツ・ロンゲーナはプレーヤーにこう宣告する。

『死ぬがよい』

そして『怒首領蜂最大往生』の真ボス。

陰蜂は、プレーヤーに対し言うのである。

『終わりだ……死ぬがよい』


 果たして、我々の戦いはとうとう終わりを告げたのであろうか?

それは分からない。

けれども、一つだけ言えることがある。

ありとあらゆる困難が排除され、克服される現代において唯一、人間にとり不可能な領域が残された、誰にでも触れることの出来る”不可能”が、STGというゲームジャンルには、残されているのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る