私が遭遇した中でも特別駄目だった大人・Iさんについて

;はじめに

 最近、ネットでは

「普段どんな仕事をしてるか分からない、やたら沢山お年玉をくれる、若々しい独身の親戚が一人は居る」

という話題が見られるようになり、この先には

「自分もそのような大人になりつつある」

というオチがついていることが多い。

 私自身がそれに近い状態になりつつある(というより、小さい頃からその地位に憧れていたフシすらある)のだが、それはあまり本題とは関係ない。今回の記事で私が書こうと思っているのは、今の私がどんな大人になっているかという話ではなく、私が今のような大人になる以前の、全く青年であった頃に出会ったについて……或いは彼らが、今大人になった自分から見てどれほどまでに変な大人であったかを俯瞰的に見ようとする、実に性格の悪いお話でもある。とは言え、これも概ね十年以上前、正確に計算をしても十五年は前の話であり、恐らく彼らは少なく見積もっても当時アラサーもしくは三十歳で、今ではいい加減(当時と比較すれば)枯れた大人であろうし、あの頃の雰囲気はあの世界にはもう存在しないし、彼らは良い感じに大人特有の健忘症でもって私の存在など忘れ果てているであろうから、ここで一つ記事として纏めることで、私自身の健忘症という名の、時を忘却せんとする人間の防衛本能への抵抗を示そうと思う。


;あの頃の私と、その環境

 私が中学の後半を不登校児として過ごした後、高校生になると今度、チャレンジスクールと呼ばれるゆるさ極まる学校へと通うことになり、中学生時代に疲弊した人格を何とかして高校時代に回復する最中。荒れていて、定期的に学校をサボる悪癖を得た私が足繁く通ったのが地元のゲームセンターなのであった。

 今も昔も大久保在住であった私は、大久保にあった古ぼけたゲームセンター、大久保αステーションに通っていた。1プレイ50円のデフレ時代特有の値段設定で、建物は本当に古臭く、洋式トイレの便座は外れており、小便器は流すためのボタンが壊れ、これまた壊れたアーケードゲームのスティックが据え付けられて流すボタンとなっていた。(イメージがつかない人は「セイミツ スティック」とでも入れてGoogleで画像検索して欲しい)

 ゲームプレイ中にゴキブリが出て騒ぎになることも多かった。ぶちギレたプレーヤーが筐体に煙草の灰をぶちまけていたこともあったし、他の常連から話を聞くと、筐体の間からゴキブリの幼虫が湧き出てきたのだとも言う。そんな不衛生な環境でなぜ彼らがゲームをやるのかと言えば、である。

 いや、厳密に言えば彼らはそうは思っていないだろうし、言っても認めない。しかしこれは紛れもない事実である。人間というのは自分の内心その実態を指摘されると痛くてしょうがなく、一度それをされればほぼほぼ条件反射でもって取り乱すような生き物なのである。とは言え居場所がないと感じていたのは当時の私も同様で、私もまた自分と同じ立場にある学生に何か夢想的な印象を抱いて学校へ入り、その現実に打ちひしがれるような馬鹿な学生の一人だったわけだが……。

 当時私はゲームセンターでシューティングゲームをやっていた。東方Projectのブーム真っ只中で、当時東方Projectを経由した捻くれ者のオタクがゲームセンターに流れ着くという流れがあったのである。他でもない私がその一人で、東方Projectの流行が落ち着くにつれ、ゲームセンターへ行く若者の数も、ゲームセンターそのものの数も減っていったわけだが、この時代はいわばアーケードシューティングゲーム最後の輝きとも言える時代だった。……とは言え、これも本題ではない。状況説明である。ようは世間的流行みたいなものをある程度感知しながら、そこに居続けることができない、何か自分を世間からはぐれた人間だと思いたがる、そういう青年たちが沢山いて、これまた世間に馴染めない、何か人生について強い後悔を持っている、世間には馴染めないが、とは言え何か世間に向かって強い反感の言葉を発する気もない、そういう大人たちが一緒くたになってゲームをする場所……それがゲームセンターだったのだ。

 こういう場にいると本当に変な大人たちに出会う。いや、正確にはどの趣味をやっていても、大人の世界に馴染めず、子どもの世界にいるような大人というのは一定数いるのである。最近でこそ私はそうではなくなった(と思いたい)が、そういう人々のことを私は未だに思い出すし、忘れることができない。だから今もこうやって記事を書いている。


;明らかにな人種、シューティングゲーマー

 そうは言ってみたものの、ゲームセンターにいる大人は本当にだった。土日に来るのは全体で見ればマトモな方な(それだって今考えればヘンな人ばっかりだった!)のだが、平日も来るのだからマトモではない。人によって事情は色々で、時間の自由がきくようなシフト制の仕事をやっているか、そもそもフリーターか、或いはそれを通り越して生活保護を受けていたり、とにかく色々だった。彼らの立場について私は何か意見を差し挟むようなことはしない(第一、今の私だって似たようなものだ)が、やはり色々言われるような人もいたし、実際話してみると本当に七面倒臭いというか、会話を成立させていく上で必要な要素が多すぎる人々が何人も居た。

 時効だと思うので言ってしまうが、とあるゲームの全国一位スコア……ようは日本で一番高い点数、を出すことに熱心だったプレーヤーがいる(以降は全1と表現する)。彼は過去にらしく、お互いに嫌い合っている関係性にある人物が何人も居た。彼のプレイするゲームはゲーム開始直後に出てくるアイテムの数でそのあとに出てくるスコアが随分と変わってしまう(点数が低くなる)タイトルで、彼は良いアイテムを引くためにお金を入れては、そのパターンではないと捨てゲー(プレイせず、自機が死ぬに任せる)をし続けていた。……ところが、このゲームには電源パターンが存在する。電源パターンというのは、ゲームを起動(電源を入れた)直後は一定のアイテムが出ることが決まっているのが分かっており、電源を入れた直後の一定のパターンのことであり、このゲームは電源を入れた直後であればアイテムを同じ順番で落とす……そういうゲームなのだ。つまり、彼はゲームの電源さえ落とすことが可能であれば、大量のお金を蕩尽する必要はなかったし、電源をon/offする設備を作るのはそう難しいことでもないので、ゲームセンターと相談すれば十分実践可能であった。であるにも関わらず、彼は電源パターンを採用しなかった――。

 否、できなかったのだ。

 何故なら、彼の周りで情報統制が行われていて、彼に電源パターンの存在を教えてはいけないという界隈のルールがあったからなのだ。そして、恐らく、それは最後までそうだった。彼は結局、電源パターンを知らないまま、全1スコアを出してしまったのだ。わざわざプレイ動画を投稿してまで証明されたそのプレイでは、直前に行われた捨てゲーの形跡が見て取れた。……これ以外にも、ある女性プレーヤーのことが個人的に嫌いで、その女性プレーヤーがあまり皆が遊ばないゲームの点数稼ぎをして全1になってしまいそうだったので、気に食わないと思ったとある有名プレーヤーがそのゲームのの全1スコアを出してしまった、であるとか。都内の有名なゲームセンターで名前を入力する画面(大抵アルファベットで三文字)で名前を入力せずに席を立つと、その画面で勝手に「SEX」と入力する通称”SEXおじさん”等、とにかく店や地域によって逸話があり、それらを集めるだけでも一般的な人々には到底理解が出来ないであろう、怪人物が数え切れないほど現れるのがこのアーケードシューティングゲームとそれを取り巻くプレーヤー、彼らを収めるゲームセンターという空間の世界観だったのである。


;私の周囲のな大人たち

 とは言え、私の周囲というのも限定的なように思う。ゲームセンターにはガンダムの対戦ゲームをやる層もあれば、2D格闘ゲームをやる層もあるであろうし、延々延々上海や脱衣麻雀をやっているよくわからないおじさんからお爺さんもいたし、クイズマジックアカデミーというクイズゲームをやったり、全国ネットで繋がる麻雀大戦ゲームをやっている層もいた。私とその周囲の、アーケードシューティングゲームの世界というのはほんの些細な、小さな、アーケードという環境を取り巻く世界のほんの一部分に過ぎない。

 でもね、やっぱ言わなきゃ駄目なんです。

 彼ら、な人たちが多いです。

 勿論、良い人達も沢山居ます。私に日本酒の飲み方を教え、日本酒に強い居酒屋にいっては

「ここは日本酒が多いから、南の地域にある辛口の酒を順番で飲もうか」

と言って連続で日本酒を飲む悪癖を覚えさせたAさんはとくに印象が強い。高知出身で、定期的に高知に遊びにいってはご実家の両親ともお話をさせてもらった。同じゲームを好んで遊んでいた相手で、独身貴族真っ盛り。その自室は意外にも綺麗で整理整頓されていたが、現代ではも所有していた。それに、意外に酒で潰れると記憶が飛ぶタイプで、二日酔いもするので朝にお気に入りのターキーで迎え酒をする。実家には大量の漫画に合わせて、奥の方には中世イタリアルネサンスの絵画集があったりもして、そのわりに本人は上手いが明らかに性癖が偏った絵を描く傾向にある。そんな彼は社会性は備えているのにどこか生きにくそうで、高知の彼の家で私が大久保のお店で貰ってきたマッコリを幾らか飲むと気分が良くなって

「これリサイクルショップで買ったんだけどさぁ!」

と言って取り出すのがファンタジー風の模造刀。抜くと”シャキーン”という音がし、直後

「抜くといい音がするんだ!」

と言っていた。――彼は良い人だったと思う。今でも連絡を取ろうと思えば取れるのだろうが、世界がだいぶ違ってしまったので話が合わないだろうと思うと、連絡を取る勇気が起こらない。

 しかし彼は言ってしまえばの側だった。ここから話す人々は明らかにマトモじゃない側の人間である。

 Cさん。彼は私の家の近所に住んでいて(西新宿だったと思う)ITエンジニアをやっていた。どうも案件毎に忙しさが違っていたようで、暇な時期はとにかく暇……だと言っていた。本当かよ、と思わんでもないが実際金回りは良く、何をやっているのか謎な、若々しい顔をした人物だった。まさしく、高額のお年玉を渡す年齢不詳のおじさんそのもの(というより、見た目だけで言えばお兄さん)であるが、彼は平日にはゲーセンに入り浸る悪癖があった。

 先述したように、私もまた不真面目な学生であり、学校をサボってはゲームセンターでアーケードシューティングゲームを遊んでいるような奴ではあった。しかし、平日にゲーセンでゲームをやっている大人とは一体何者なのだ? 定期的に美容室も行っているし、金回りも良さそうで、しかしどこか孤立した雰囲気があり、当時大流行していたラーメン二郎にハマり二郎を食べ、私が学校へ行くとskype(今はもう誰も使っていない……)で

「お前どこいるんだよ」

とメッセージを飛ばしてきた。平日の昼間なんだから学校に居るに決まっているではないか!

 彼ともう一人がいわば私の悪友であり、定期的に近所のらーめん大で野菜マシを食べる仲だったわけだが、もう一人が大学生だったのに対し、彼は社会人だったのでとにかく異質さが強く滲む。


;私が遭遇した中でも特別駄目だった大人・Iさんについて

 本題に入る。

 そもそも私がなぜこの人のことを思い出すのかと言えば、この大人は本当に駄目な人であったにも関わらず、なぜか私の人生をある程度予言的に示し、私の現在を予知していたかのように思えるからだ。言うなれば太宰治の『人間失格』に出てくるキャラクター「竹一」のような存在である。この小説に出てくる竹一も鼻垂れの、少し足りないような顔をした奴だが、主人公である葉蔵の未来を半ば予知するような発言をするので強く印象に残るはずだ。私にとってのIさんもまた、そういう人物だった。

 彼と私が交流をもったのは、彼がとある動画サイトで配信をしていたからだ。やはりアーケードシューティングゲームの移植(アーケードゲームを家庭用ゲーム機でプレイできるように販売されたもの全般をこう呼ぶ)タイトルをプレイしているのだが、とにかく彼の配信は……荒れていた。配信サイトで可能なオプション全てが悪さをしているような配信だったのだが、その荒れた環境を延々と毒づきながら、楽しそうに配信をしていた。きっと孤独だったのだと思う。タチの悪いことに私もそこの配信の常連で、クソみたいなノリで遊ぶ男子中学生しかいないホモソーシャルな部活室のような趣がそこにはあった。自然、ネット空間に入り浸る人間はじきにオフ会というものをするようになるわけだが、私は彼とオフ会をした。彼もそこそこな歳で(アラサーか三十路だったと思う)ありながらラーメン二郎が好きな、言ってしまえばミーハーな人物であった。会ってみるとまあフリーター然とした人物で、根というものはなさそうな人物だった。ちょうど頭文字Dに出てくるEG6型シビックに乗るナイトキッズの庄司慎吾に似ていた。

 当時の私はインターネットに入り浸りで、腐女子のいるチャットルーム(最近の若い子には通じないだろう)に顔を出したり、配信をやったり、ゲームセンターに通ったり、かと思えば学校の図書室で本を読んだり、とにかく授業を受ける以外のありとあらゆることに夢中だった。ようは遊んでいたのである……。

今でこそ私はそれなりに見た目に気を使うようになっていたが、当時の私はただのキモオタだったので、とにかく異性とかいうものが理解出来ないし、一生そういう相手は出来ないものだと思っていた。が、しかし彼は言ってのけるのだ。

「◯くんはネットでも身の回りに女の子が多少は居るんだろう。じきにそういう相手は出てくると思うなあ」

 と。 後の時代にそのチャットルームで彼女を作り大変な目に遭い、現在もモテているとは言わないにせよ、異性との接点があることを考えれば、彼のこの発言は慧眼だったと言えるだろう。……しかし、次に続く言葉が最悪だった。

「そのチャットルーム教えろよ。俺も行くから」

 教えるわけないだろう。馬鹿じゃないのか?

 そう、彼もまた非モテである。まあ、ギリギリ住所はあってもフリーターで収入が多いわけでもなく、趣味と言えば思春期に遊んだアーケードゲームばかりとなればモテる道理もない。私の世代で言えば未だにハルヒシャナゼロ魔の話しか出来ず、ネットで延々と政治の話と先のアニメと、ついでにガンダムやエヴァの話をしているオッサンと言えばいいのだろうか。そういうタイプの人間なのだから、確かに異性との接点はないに等しいだろう。

 一度どうやらそういう相手が出来たらしいのだが、彼はメンタリティが童貞だったので、エロいことができない相手を女としては見れないと言って上手く行かなかったらしい。――彼はどうもそういう子供っぽいところがあって、自身の配信チャンネルの常連が自分の配信でやってきたことを、相手が配信を始めた時には絶対にやり返すという心情があるらしく、それで配信をやめた奴がいる。まあ、ガキっぽいのはお互い様だったのでそれを咎めようとは当時は思わなかったものの、本当にガキっぽい人だった。

 とは言え、そのガキっぽさが心地良かったのも事実だ。彼と一緒に遊びに行った神奈川にあるレジャーランド厚木店はポスト・アポカリプス後に無人で稼働し続ける遊戯場のような趣があり、大変印象深かったし、何よりどうしようもない大人の実在を強く理解させてくれた。

 そんな彼だったが、別の配信者に微妙に嫌われ、非常に巧妙に……今までの荒れた配信とは明らかに違う、配信者への攻撃になるように計算された嫌がらせを受けた。私は同情はすれ、擁護することは出来なかった。何故なら彼は少なくとも、ガキっぽく、相互にやり返し、適当に生きている大人であって、彼を擁護出来る人間は私は無論、その他にもいなかった。

 そんな彼が最後、大久保へ一瞬来て、話をするが、上手くいかず

「◯くん、冷たいなぁ」

 と言わせてしまったことだけが、私のほんの少しの心残りである。


;最後に

 そんなIさんだが、私は彼のある言葉がやたらと気がかりだった。

 と言うのも、彼はフリーターで、楽しい人生なんて過ごせちゃいない。それは見れば理解出来るし、実際、理解者もいなかった。そんな彼は言ったのだ。

「俺さ。本当は服のデザインやりたかったんだよ。でも我慢してやらなくて、結局就職上手くやれなくってさぁ……ずっと後悔してて、駄目になるんだったらやりたいことやりゃあ良かったんだ」

「◯くんは絶対やりたいことやれよ」

 この言葉だけ、彼はやたらと強調して言うので、強く印象に残った。そんな話を親にしてみると

「それはお前の人生に対して無責任な立場だから言えるんだよ」

 と言い返されたものだが、後に専門学校へ行き、二年目の教師と折り合いが悪く大喧嘩をし、就職先でうつ病にかかり一年で退職して以降、私は彼のこの言葉がやたらと脳裏を過るようになった。結局、生活のための生活に人間は耐えることができない。何か偉大な、崇高な目標に向かって進んでいるという感覚が――例え錯覚だったとしても――存在していなければ、人の生はあまりに辛く、苦しい。そういうことを考えると、彼の人生や生き様、その言葉は今の私に強い影響力を及ぼしている。そういう、彼のような人間が生きる隙間が世間にはある程度存在していて欲しいとも思うし、彼は今、そこそこに幸せであって欲しいな……とも、思う。

 しかし、それはそれとして言っておきたい。……Iさん。あなたは私が今まで出会った大人の中で一番な人でした、と。

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