OVA版銀河英雄伝説から始めるクラシック音楽鑑賞 -交響曲を中心として-

:はじめに

 現在、OVA版銀河英雄伝説はAmazonプライムで視聴が可能である。

 現在の放映アニメや劇場アニメの評価などは今回の記述とはあまり関係がないのでここでは割愛させていただくが、OVA版銀河英雄伝説は外伝も含めクラシック音楽がBGMとして使われている。その背景についてはWikipediaに詳細があるのでこれもまた割愛するが、一般的ないわゆるオタク的な人々がクラシック音楽にふれる上では良い取っ掛かりとなるのは事実……。

 しかし、だ。

 YouTubeの”そういう動画”含め、なぜこいつらは雑なことを言うのだろうか。

 ショスタコーヴィチを「マイナーな作曲者」と言い始めた時には本気でクラっときた。マイナーと言うのであればせめてヴァインベルク辺りをあげて欲しいし、第一OVA版銀英伝では何故か結構な頻度で使用されているニールセンの方がよほどマイナーではないか!

 私が購入したニールセンのCDの帯にはこんな記述がある。

「今ひとつマイナーなイメージが付き纏うニルセンですが、当盤を聴いていただければ、その親しみやすい魅力の一端に触れていただけることと思います」

「隠れた名曲」

 ……と言ってみたが、ようは既存の銀英伝ベースで語るクラシックに関する語りが気に食わないのでこの記事を書いているのだと言うことを知っておいて欲しいのである。

 今回の記事では、取っ付きやすい楽曲を抜粋の上、その楽曲が使われた場面について幾つか記述を行い、他の作品でどのように使用されているか、等の情報を記載することで、楽曲が持つ横の広がり、コンテンツの広がりを理解していただくのが目的である。

また、後述するが筆者は指揮者聴きをしている人間であることもここに書いておく。


:交響曲を聴く上での前提知識

 先に言うように私は指揮者聴きをしているのだが、これはつまり、その音源を誰が指揮しているのか? を基本に置いて聴く方法であり、かなりこれはポピュラーな聴き方だと思われる。

クラシックに触れようとすると、誰の某が何楽団で何年にどこで指揮をしたのかが音源毎に記載されていると思うのだが、このうち、指揮の部分を重視しているということである。

このバリエーションの多さは、一般的な音楽に親しんできた人々からすると全く感覚の違う分野であることが理解できると思う。

実は交響曲というのは指揮者による裁量権が大きくあり、同じ交響曲であっても指揮者によって第一楽章から第四楽章までの総時間も違えば、鳴らし方も全く違うもので、私はこれをショスタコーヴィチ交響曲第五番(通称:革命)の音源で知ったのである。実際、この革命の場合、レナード・バーンスタインやエフゲニー・ムラヴィンスキーの指揮であれば速く、その他の指揮者の場合は遅いことが多い。

YouTubeなんかで適当に革命の音源を探すと、遅い指揮者のものに当たって違和感を覚えることがあると思われる。

と、このように指揮者によって楽曲が同一でも違った個性を持つため、私のように指揮者毎に聴き比べる人がクラシック鑑賞者でも結構いる。

 また、交響曲は基本的に第一楽章から第四楽章で構成され、第四楽章がいわゆるサビと呼べる部分であることが多い。無論これは時代が下る毎に絶対の法則ではなくなってくる上に、五つで構成されるような楽曲も出てくるが、基本的には第一楽章~第四楽章で終わる。ものだが、これは強制をしないものである。


:ベートーヴェン交響曲第七番

 @主な場面

;第十一話『女優退場』

;第二十一話『ドーリア星域会戦、そして…』

;第三十三話『要塞対要塞』

 @主な指揮者

ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、カルロス・クライバーJr、セルジュ・チェリビダッケ等

 @解説

交響曲と言えばベートーヴェン。ド定番の中でも恐らく『合唱』(交響曲第九番、いわゆる第九)や『運命』(交響曲第五番)の準ずる知名度を持つ。

一時期大流行しドラマ・アニメ共に好評だった『のだめカンタービレ』のドラマ版OPでも第一楽章部分が使用されたので聞き覚えがある人も多いのではないだろうか。

実に朗らかで明るく、気分が良くなる一曲で、音源も安いものから高いものまで豊富に存在し、大抵の指揮者のレパートリーのうちにある楽曲でもあるので、気軽に購入してみて欲しい。或いは、図書館に行けばうんざりするほど音源があるだろう。

ド安定はやはりカラヤンで、次点でバーンスタインだが、個人的にはベストofベストの音源はカルロス・クライバーJrのもの。また、捻くれた音源に手を出したいと思ったならばセルジュ・チェリビダッケの音源も悪くない。

銀英伝本編では複数の楽章が使用されているが、やはりドーリア星域会戦における使用が印象深い。無闇矢鱈に形式的な愛国主義を発露する敵に対し、演説の後に気軽さを伴って攻撃を行うヤン艦隊のイメージをもたせているように感じられる。


:チャイコフスキー交響曲第六番『悲愴』

 @主な場面

;第二十九話『細い一本の糸』

;第四十一話『神々の黄昏』

;第四十二話『鎮魂曲への招待』

;第四十五話『寒波至る』

;第四十六話『ヤン提督の箱舟隊』

;第五十話『連戦』

;第五十一話『バーミリオンの死闘(前編)』

;第五十二話『バーミリオンの死闘(後編)』

;第七十二話『マル・アデッタ星域の会戦(後編)』

;第八十九話『夏の終わりのバラ』

;第九十五話『双璧相撃つ!』

 @主な指揮者

レナード・バーンスタイン、フリッツ・ライナー、エフゲニー・ムラヴィンスキー等

 @解説

ロシアの代表的作曲者ピョートル・チャイコフスキーの交響曲は六つあり、とくに後期の三つの作品……交響曲第四番、交響曲第五番、交響曲第六番のうち、とくに人気がある楽曲がこの交響曲第六番『悲愴』である。

この楽曲について語ると個人的な話が非常に多くなるので割愛していくが、特筆すべきは本来、第四楽章でサビと呼び得る部分がくる交響曲において、この『悲愴』は珍しく第三楽章にサビと呼び得る部分がくる。

話によればチャイコフスキーの人生そのものをイメージして本人が書いたとのことで、彼自身の人生を表現する上では通常の構成では足りないと感じたのであろう。

……という話がどこまで銀河英雄伝説本編に食い込むかは議論の余地があるであろうが、やはりこのド派手な打楽器鳴らしたがりのチャイコフスキーの交響曲の中でも特別華やかで纏まった印象を覚えるこの楽曲は使用頻度も多く、後半の印象に残るシーンで幾度となく第三楽章が用いられている。

やはり有名な楽曲なので、指揮者のバリエーションもよりどりみどりではあるが、個人的にはフリッツ・ライナー版が一番好きだ。ただ、バリエーションは本当に多いので自由に聴いても全く問題ないと感じる。


:ドヴォルザーク交響曲第九番『新世界より』

 @主な場面

;第十四話『辺境の解放』

;第十五話『アムリッツァ星域会戦』

;第十六話『新たなる潮流』

;第二十四話『誰がための勝利』

;第二十五話『運命の前日』

;第三十一話『査問会』

;第七十一『マル・アデッタ星域の会戦(前編)』

 @主な指揮者

ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、セルジュ・チェリビダッケ、アントン・ナヌート

 @解説

作曲者アントニン・ドヴォルザークがアメリカに滞在中、アメリカで耳にした黒人の音楽が故郷であるボヘミアに音楽に似ていることに刺激を受け、「新世界から」故郷ボヘミアへ向けて作られた作品とされている。

日本ではベートーヴェン交響曲第五番『運命』やシューベルト交響曲第七番(旧八番)『未完成』と並んで”3大交響曲”と呼ばれることもあるらしいが、これはあまり重要な情報ではない。

何であれメジャーな楽曲の典型とも言えるものでバリエーションも豊富。メジャーどころの指揮者は大抵音源があり、第一楽章から第四楽章まで良い感じに聴かせてくれる一曲である。

他の作品だと『響け! ユーフォニアム』で部活内のゴタゴタから距離を取るトランペット奏者の高坂麗奈が第二楽章のトランペットソロを演奏するシーンがあり、大変印象的な用いられ方をしている。

とは言え、大半の人は第四楽章しか知らないだろう。先の『悲愴』に並び、良い感じの戦闘シーンでは大抵用いられている印象がある……のだが、頼むからニコニコ動画やYouTubeのコメント欄で、第四楽章のパートに差し掛かると銀河英雄伝説の台詞を書くような、マナーの悪い、ナンセンスな行いはしないで欲しい。作品のイメージを悪化させる以外の効能が存在しないからだ。

個人的な音源の好みで言うと、捻くれた解釈を常にする斜に構えたセルジュ・チェリビダッケのそれも好きだが、バッタもんCDの帝王と言われた安価音源で有名なナヌートの指揮が個人的には好きだ。多分ブックオフですぐに見つかると思うので気になったら購入して、聴いてみて欲しい。


:ショスタコーヴィチ交響曲第五番『革命』

 @主な場面

;第七十三話『冬バラ園の勅令』

;第七十九話『回廊の戦い -常勝と不敗と-』

;第八十話『回廊の戦い -万華鏡-』

;第八十四『失意の凱旋』

;第九十五話『双璧相撃つ!』

;第百八話『美姫は血を欲す』

 @主な指揮者

レナード・バーンスタイン、エフゲニー・ムラヴィンスキー等

 @解説

ソビエト連邦の作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチのもっとも有名であろう楽曲がこの交響曲第五番『革命』である。

この曲は私がクラシック趣味を始めるきっかけになった楽曲でもあるので非常に思い入れ深いもので、適当に買った盤のテンポが異常に遅く、三枚ぐらい購入してようやくバーンスタイン盤に行き着き、クラシックの魅力にどっぷりと浸かることになった名曲である。

ドミトリー・ショスタコーヴィチはソ連の作曲家で、とくに東西冷戦時代にはソ連の御用作家のイメージが強かったためか、クラシックの帝王と呼ばれ、ここに至るまで幾度となく名前を持ち出した名作曲者ヘルベルト・フォン・カラヤンも指揮レパートリーの中に持ち合わせていない。

ヘルベルト・フォン・カラヤンとレナード・バーンスタインというのはちょうど銀河英雄伝説で言うとラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーのようなもので、ラインハルトがカラヤンならばバーンスタインはヤン・ウェンリーである。

ショスタコーヴィチは前衛的な音楽を書くと言われているが、この交響曲第五番はその前衛作曲家であるショスタコーヴィチがソ連で理不尽な批判を受けて、スターリンその他に、とにかく典型的で古典的で盛り上げ上手な、悪く言えば保守的に過ぎる曲を作った。それがこの『革命』なのだ。

保守的で古典的な構成の曲に『革命』という名前がついているだけでも皮肉極まりなくて大変面白いのだが……実際、クラシック音楽をある程度聴き慣れて、スクリャービンやヴァインベルクのような作曲者にまで手を伸ばし、何となくクラシック音楽を分かってきた段階になると、この『革命』という曲はあまりにもあからさまに擦りに来ているその構成が面白くて仕方がなく

「あ、そこでそう鳴らすんだね笑」

と感じられる部分が非常に多い。実際、ソ連ではスターリン含む上層部が大絶賛したそうなのだが、ショスタコーヴィチの心情や如何と言うべきだろう。

メジャーな盤と言えばエフゲニー・ムラヴィンスキーとレナード・バーンスタインのそれだが、個人的にはあの紳士然とした面白クラシックおじさんであるレナード・バーンスタインがバキバキに格好良く仕上げた彼の盤を好む。バーンスタインというのはとにかく音楽を、散歩するかのように指揮する人物なのだが、この『革命』だけはクソ真面目に劇的に指揮をしている印象を受ける。


:ニールセン交響曲第四番『不滅』

 @主な場面

;第一話『永遠の夜の中で』

;第十五話『アムリッツァ星域会戦』

;わが征くは星の大海

 @主な指揮者

ヘルベルト・フォン・カラヤン、ヘルベルト・ブロムシュテット、パーヴォ・ヤルヴィ等

 @解説

ドマイナーなのに何故か銀河英雄伝説では印象的な場面で用いられることが多い不思議な作曲家。それがカール・ニールセンである。

いわゆるクラシックオタクと呼び得る人に話題を振ると

「よく知ってるね!」

という反応が返ってくることが多く、ぶっちゃけショスタコーヴィチの方が知名度は圧倒的に上である。

ニールセンは印象的かつ華やかで荘厳な音楽を作るイメージが個人的にはあるが、基本的には音源も多くなく、ブロムシュテットとヤルヴィがニールセン交響曲全集を出している以外はカラヤンがこの『不滅』を演奏している、ぐらいしか普通の範囲では出てこない。が、聴き辛いわけではなく、それどころか聴き易い部類に入るためお勧めには載せたものの、音源が少ないため、本来の楽しみ方はあまり出来ないような気もする。

ちなみに、死後ニールセンの故郷デンマークの首都コペンハーゲンでは、馬に乗りパンを持ったニールセンという、若干シュールなブロンズ像がたてられている。


@@番外編:カラヤンとバーンスタイン

 指揮者にも知名度がある。となればド定番は誰なのかを人々は知りたがる。最初は皆そのようなものなので私は否定しようと思わないのだが、ではその定番指揮者とは誰か? と聞かれればやはり、それはヘルベルト・フォン・カラヤンとレナード・バーンスタインの二人である。

同時代に生まれた二人は貴族然としベルリン・フィルで指揮を続けたいわば右翼的存在としてのカラヤンと、ユダヤ系移民としてアメリカで生を受けた左翼的存在としてのバーンスタイン、いわば時代の双璧と呼び得る二大指揮者である。

先にも言ったが、ようはラインハルトがカラヤンでバーンスタインがヤン・ウェンリーなのであり、政治的なイメージも似たような感覚である。(分かりやすさを優先するならば…)

どちらも沢山のレパートリーを持つ指揮者であるため、とにかく気になった楽曲があればカラヤンかもしくはバーンスタインのそれはないものか? と言って探すのはクラシック初心者あるあるで、ある程度聴き込んでもたまに帰ってきては

「ああ、やはり彼らはすごい指揮者だな」

と思わせてくれる。それがこの二人の指揮者である。

バーンスタインが東西ドイツ統一直後のコンサートでベートーヴェンの交響曲第九番を演奏し、合唱部分の歌詞”Freude<歓喜>”を”Freiheit<自由>”に変えて歌わせたという逸話があれば、カラヤンにはCD(コンパクト・ディスク)の記録時間を74分に決めたという俗説が残る。何であれ著名な人物には相応の逸話が残ると言うべきで、彼らこそ現代指揮者の基礎にして双璧なのである。


:最後に

クラシックの音源はYouTubeにもニコニコ動画にも多数あるが、頼むから銀河英雄伝説の話をしたりせず、静かに聴いて欲しい。

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