映画『太陽を盗んだ男』論:グラン・トリノ的用法

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ここから開始される記述は映画『太陽を盗んだ男』の視聴を前提としたものであり、また本記述における前提要素として挙げられる映画『グラン・トリノ』の視聴を同様に推奨するものである。

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 長谷川和彦監督、脚本は長谷川和彦とレナード・シュナイダー。主演は沢田研二。数々の映画的伝説を持ちながら投下された資本を即座に回収することができず、長らく日本カルト映画の王様として君臨した映画『太陽を盗んだ男』であるが、私はこの作品について一つの持論がある。

それはつまり、『太陽を盗んだ男』とは明確に、構造を持った作品であるということである。

 ここで前提として私は、監督・プロデューサー・主演を務めるクリント・イーストウッドの離れ業によって撮られた傑作映画『グラン・トリノ』の作品構造を引用するために『グラン・トリノ』の解説をしなければならない、と感じる。

映画『グラン・トリノ』のメジャーな(逆を言えばシンプルな)解釈というのは

「この作品は”古き良きアメリカ”を表現した作品である」

というもので、私はこの解釈がとても好きだ。

内容は概ね、以下のようなものである。


 映画『グラン・トリノ』の主人公。老境のクリント・イーストウッド演じるポーランド系アメリカ人コワルスキーは、自動車会社フォードで五十年勤め上げた隠居老人であり、日本車が台頭した現代においては東洋人の街となったデトロイトに住んでいる。

彼は自覚的な気難し屋で頑固な男であり、自身について

「俺自身は嫌われ者だが、女房は世界で最高だった」

と語る。

彼は従軍経験者であり、朝鮮戦争に参加した歴戦の勇士でもある。

しかし隠居した今では、気難し屋の男であるという認識を自身の息子と孫達にもされており、また彼の息子はトヨタに勤めており、息子自身もトヨタ・ランドクルーザーに乗っている。

しかし、元フォードの技術者であるコワルスキーは、今や滅多に運転することもない古いフォードのスポーツカー、フォード・トリノを綺麗に整備し続けている。これこそが映画タイトル『グラン・トリノ』である。

彼は、朝鮮戦争に参戦した時の生々しい記憶を引きずりながら今も生きている。

そしてこのフォード・トリノを売るべきだ、と言われ、妻の葬式で現れた如何にも現代的な孫達さえ、このグラン・トリノに一種の羨望を覚えている。

その中で、隣に住むモン族の青年タオは、ベトナム戦争時代に米軍に協力したことで戦後弾圧を受け、アメリカへ亡命してきた人々の血筋であり、これは主人公コワルスキーの朝鮮戦争のトラウマを刺激するものだった。

しかしモン族の青年タオは、改造された日本車に乗るギャング達に唆され、このグラン・トリノを盗もうとするが、コワルスキーに発見されて激怒される。

しかしそれ以降、お詫びといっては庭に入り世話を焼こうとするタオとコワルスキーは交流を深めていく。

だが、例のギャングがタオに再度嫌がらせをしているのをコワルスキーが知ると、彼はギャングと『話をつけに』向かう。

コワルスキーが朝鮮戦争に参戦した元兵士であることを知るギャング達はコワルスキーの到来に怯える。

そしてコワルスキーはギャング達の住む家の前に立ち、胸ポケットから何かを取り出そうと試みる。

その瞬間、コワルスキーはギャング達の銃弾に撃たれ、倒れて死ぬ。

コワルスキーは丸腰で彼等に立ち向かい、そして死んだ。

ギャング達の長期刑が確定し、後の遺書にコワルスキーはモン族の青年タオに、グラン・トリノを託すと書き、グラン・トリノを運転するタオがコワルスキーを想うシーンで、映画は終わる。


 この映画『グラン・トリノ』におけるグラン・トリノ、つまりフォード・トリノとはである。

今やそれは時代遅れで、皆が日本車に乗っている中で、ギャング達や孫を含む若者でさえ何故かこのフォード・トリノに羨望を覚える。この要素の不可思議さとは、フォード・トリノ自体を古き良きアメリカの暗示とすることで解決ができる。

そして、クリント・イーストウッド自身がかつてのアメリカ映画のスターであり、彼の代表的なシリーズ作品のうちの一つ『ダーティーハリー3』でもこの作品に登場するフォード・トリノに乗るシーンがある。

つまり、古き良きアメリカ自体。そのものの一部となってしまったクリント・イーストウッドなる一人物が、古き良きアメリカを体現する存在と一体化し、そして死ぬのである。

この解釈を基礎とすれば、コワルスキーなるキャラクターは、朝鮮戦争のトラウマに苦しめられ、ビールを飲んで日々を過ごし、隣にはベトナム戦争以降に亡命してきた少数民族が居る。自身もポーランド系であるという、リベラルな合衆国そのものを暗示する存在となっている。

そして、自由と権利を踏み躙られたその時に戦うという姿勢は、米軍の旗にあるガラガラヘビの絵図と、そこに書かれた以下の言葉を暗示する。つまり

「DONT TREAD ON ME(私を踏みつけるな=我々の自由と権利を蹂躙するな)」

である。


 この映画『グラン・トリノ』の作品構造、その解釈を私は映画『太陽を盗んだ男』に引用する。

この前提を引いた時に『太陽を盗んだ男』がどのような作品構造を取るようになるのかと言えば

:城戸誠=戦後昭和日本

:山下満州男=戦中派昭和日本

をそれぞれ暗示する存在となる。

核爆弾を作り出す技術とその胆力を持ち合わせながら、何の政治的要求もせず、ただ虚無的な城戸誠に対し、愚直で不器用で、けれども誠実な骨っぽい山下満州男。

両者の対立は後半、屋上での格闘シーンでクライマックスを迎える。

山下満州男は、城戸誠に対しこう話す。

「あんたは誰かを殺したい、殺したいと願うちょるようだがのお。本当に殺したいのはなんじゃあないのか?」

その言葉の後に、城戸誠と山下満州男は格闘の末、山下満州男が城戸誠と半ば心中するような形でビルの屋上から飛び降りる。この屋上そのものが、昭和日本を代表する東京タワーや首都高速を一望できる位置というのが”如何にも”であり、山下満州男は

「さあ、いこうや」

と言って、飛び降りる。

(余談だが、私はこのシーンにおける菅原文太ほど、映画を観ていて恐怖する瞬間が他に存在しない。これと比較すれば『シャイニング』のジャック・ニコルソンなんぞ、おもちゃのようなものである)

しかし、山下満州男は落下して死亡するのに対し、城戸誠はしぶとく生き残る。

折れた足を引き摺りながら逃亡する城戸誠に対し、死亡した山下満州男は画面の中央にその死体が置かれ、周りに集う若者は

「なんだこいつ、馬鹿じゃねえの?」

というような悪口を言う。

私はこのシーンにおける、山下満州男(菅原文太)の死体と地面はと考える。

そして、それを見た若者たちが口々にそれを蔑視し、笑うのである。

この観点から見た城戸誠とは、高度経済成長時代の技術力経済力ともに優れながら何らかの不足を感じ、エンパイア・ステート・ビルさえも買った日本人のその『秀でた虚無性』を明らかにするものであり、この核開発とは日本の技術力とそこに纏わる政治的不可能性を暗示するものである。

この観点から見た山下満州男とは、そもそも当時の人気映画シリーズ『仁義なき戦い』で、戦場帰りの復員兵としてヤクザとなる広能昌三を演じたことから考えれば、映画『グラン・トリノ』におけるクリント・イーストウッドの役割を演じているという解釈が可能であり、またこの解釈を引用すれば城戸誠演じる沢田研二は昭和テレビ華やかなりし頃の代表的スターであるという解釈が可能である。

それどころか、山下満州男という名前は、この山下満州男というキャラクターが

「満州で生まれた男だから、満州男」

という命名であるという解釈が可能となり、つまり彼は満州で生まれて敗戦と共に日本へと逃げるように帰還した幼少期を過ごしたのではないかという思考も可能となる。

これら解釈を引用すればタイトルの『太陽を盗んだ男』というものも、非常に意味深なものとして解釈できる。

この作品の原案タイトルは幾つもあり、それらの中では長谷川和彦自身がこの原爆というものを日本、太陽を暗示するものとして考えていたことを後年語っており、原案タイトルは

;『日本 対 俺』

;『プルトニウム・ラブ』

等が挙げられており、長谷川和彦自身がこの映画の主要テーマとして”日本”を持っていたのは明確だったのである。

そうした観点から(もっとも筆者は監督自身がこの映画に日本というテーマを込めていると語っていたことを最近知ったのだが)私はこの映画を一度観ただけで、その「日本の日本たること」のメッセージ性を見出し、踏み込んで言えば戦後民主主義とその運動というものの虚無性をこれだけ見事に切り出した映画を私は他に知らないと心の底から思う。

そして、引用された映画『グラン・トリノ』はまた同様に『太陽を盗んだ男』で取られた作品構造と同一の、しかし時代と舞台が違うものとして解釈が可能であろうと考える次第である。

(同様の事例として韓国映画『シュリ』を挙げる評論家が居るようであるが、私はまだこの作品を視聴していないので言及を控えようと思う)

こうした『太陽を盗んだ男』の原案、その構想元を思考するということは、ナショナリズムという一つの観念。或いはそこに内包される日本のポストコロニアリズムを思案・考察させるに相応しい作品の風格を備えていると筆者は考える。


その上で今一度主張したいのは『グラン・トリノ』と『太陽を盗んだ男』を観ろ、ということである。

この言葉をもって記述を終える。

(しかしこの解釈、アットメジャーで当たり前なもんだと思っていたんですよ)

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