シオンなきエクソダス

 ユダヤ人は歴史にその名を知らしめたのに対し、国家を長い間持たなかった。

 否、持てないでいた。

現代で言うパレスチナ地方(この表現にさえ多数の語弊・瑕疵が付き纏う。そのためこの土地呼称は便宜上の物であるという前置きをせざるを得ない)に王国を築いていたユダヤ人はローマによる属州化を経験した後、現在の欧州全土に離散した。

この歴史的事実を『ディアスポラ』と呼称し、様々な民族上の事情により世界に離散した民族の帰還行為それ自体を指す言葉として一種の地位を持ちつつある。


 ユダヤ人国家の建設は欧州史の様々な場面で生じては消えていった。

欧州史とはユダヤ人に対する虐待の歴史でもあり、欧州国家において反ユダヤ主義の記述なき国家は存在しないといっても過言ではないであろう。

特筆すべき事例は無論ナチス党によるそれとなるのだろうが、ロシアもまた反ユダヤ主義について『長い伝統』を有している。

そもそも、世界史上の最悪の偽書とされる『シオン賢者の議定書』にしてみても、元はロシアにおける政治批判の文章の改変によって(これ一つとってみても非常に面白い事実で、つまり政治的な何らかの権力を持つ主体に対する批判は換骨奪胎し使用可能という意味合いで取ればポストモダン理論の『シミュラークル』『データベース』という語彙を意図的に用いることも可能であろう)作り上げられた文章であること。それを前提に組み込んだナチス党がかのアウシュビッツを実行したことを考えれば、ナチス党成立の由来には(それが反証的意味合い、蔑視としてのものであれ)ロシア政治史が深く関与していることは間違いないであろうし、ロシア自体にポグロムという明確な(アウシュビッツ以前の!)ユダヤ人虐殺の記録が残っている。

 またソビエト連邦についても――これは非常に面白い事実だが、近代史におけるロシア政治史とは少数による多数(スラブ人)支配であるという一種の被害者意識が存在しており、これはロシア帝室の途上にあり女帝として知られたエカチェリーナ二世がドイツ生まれであったことや、ソビエト連邦の思想基礎となったカール・マルクスがドイツ人であること、またソビエト連邦を成立させたウラジーミル・レーニンやその協力者レフ・トロツキーがユダヤ系であり、それら権威の後任者として君臨したヨシフ・スターリンがグルジア系であったことに由来している。考えてみればそのスターリンの後継者はニキータ・フルシチョフであり、皮肉なことに彼は『ウクライナ系』である。こうした意識から、ロシア帝政末期における共産主義勢力とその団体は”ユダヤ系の政治運動”という意識・認識……レッテルが貼られることにも繋がった。


 さて、何であれ欧州史とはユダヤ民族の虐げられてきた歴史の実体そのものである。

そうした中でユダヤ人たちは、ユダヤ人の故郷となり得る国家の建設を求め、そうした政治運動は『シオニズム』と総称されるようになる。

この運動の語彙としての”シオン”とは旧約聖書ゼカリヤ書8章から取られている。


次のような万軍の主の言葉があった。

万軍の主はこう言われる。

「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、激しい憤りをもってこれをねたむ」

――主はこう言われる――

わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住む。

エルサレムは、真実の都と呼ばれ、万軍の主の山は、聖なる山と呼ばれる。

~新改訳聖書ゼカリヤ書8章1節から3節~


ここで言われるシオン、エルサレムとは現代のパレスチナを指すものであると言われ続けた。

 イギリスの三枚舌外交として名高い第一次世界大戦後におけるユダヤ人独立の約束手形は結局成立せず、第二次世界大戦におけるナチスドイツによるユダヤ人虐殺(アウシュビッツ)によってユダヤ人側に強烈な危機意識を起こし、第二次世界大戦後における急速なユダヤ人国家の設立が起こった。

 しかしそれ以前にイギリス政府はロシアにおいて強まったポグロムに際し、ユダヤ人らに対し一つの提案を行った……それが『英領ウガンダ計画』である。

これはイギリス政府がロシア帝国で起こったポグロムを憂慮し英領ウガンダ(現在のケニア及びウガンダ)にユダヤ人へ土地を渡すというもので、無論美辞麗句を弄せば英国の慈悲と言えないこともないが、実態はロシア帝国と大英帝国の間で起きていたグレート・ゲームにおける覇権争い政策の一環であろうということは想像に難くない。

この提案にシオニストたちは心動かされ、第六回シオニスト会議において英国政府のこれを受け入れるか否かについて激しく議論がなされた。

最終的にシオニストたちはこの提案を丁重に断った。

現地ウガンダの気候は欧州にも似ており生活に適した地域ではあったが、白人種に親和的とは言えない現地部族が居ることや、何よりも

「シオンなきシオニズムはあり得ない」

というシオニストらの主張があったとされている。

しかし一方で、この英国政府からの提案を受け入れるべきだと主張し、シオニストらから距離を取り

「どこであれユダヤ人国家は建設されるべきだ」

と主張したユダヤ人がいる。

この人物の名前はイズレイル・ザングウィルであり、英国の作家である。

(添付画像写真の人物)

アメリカ合衆国の人種多様性を表現する際に用いられる『人種のるつぼ』という言葉は彼の発明品だそうである――本筋には関係がない!

 ここで明言したいのは、シオニスト……ユダヤ人国家建設を主張するユダヤ人にとり、シオン(現パレスチナ)という明確な聖書に記された土地への帰着なしにはシオニズム(ユダヤ人国家の建設)はあり得ないとシオニストの多数派は考え、そして一部のシオニストがそれに反感を覚え距離を取ったということである。

この事実――イズレイル・ザングウィルというシオンありきのシオニズムへの反対者の存在――は、イズレイル・ザングウィルが『シオンなきシオニズム』という、ユダヤ人国家建設に際しての少数の立場を明示したということになる。

表題における”シオン”の解説はここで完了となる。


 また『エクソダス』という語彙が存在する。

これは旧約聖書における出エジプト記を指すものであり、出エジプト記とはエジプトにおいて虜囚・奴隷とされてきたユダヤ人たちが大多数でエジプトを脱しユダヤ人国家を建設するという話に由来し、現代ではこれが転じて「大量の国外脱出」をエクソダスと呼称するようになった。

ローマの侵入によるユダヤ人国家の消滅、ユダヤ属州の成立、イエス・キリストの誕生とその死、キリスト教の誕生、ユダヤ人反乱の発生とその終結は、ローマの版図におけるユダヤ人の離散を招き、これは後に『ディアスポラ』と呼称されるようになる。

言ってしまえばエクソダス、ディアスポラ的な現象はユダヤ人に固有のものではなく、現代ではオスマン帝国が実行したとされるアルメニア人虐殺によって離散するアルメニア人が生じたし、また別個の事例として(ある種対照的な)フリードリヒ・ニーチェの妹エリーザベト・ニーチェの夫であったベルンハルト・フェルスターによる『新ゲルマニア』建設を目論んだパラグアイへの入植がある。

この『新ゲルマニア』自体は失敗に終わったが、南米にはドイツ系移民が数多く存在しており、第二次世界大戦後にはユダヤ人虐殺に関与した人々や、ドイツ系科学者などが南米に移住する事例もあった。これも一種のディアスポラであり、エクソダスであろう。

(この事例を考えると、ディアスポラを経験したユダヤ人を嫌悪し殺害したドイツ人たちは一転、自分たちがディアスポラ=エクソダスすることになったということになる。何と皮肉な!)

これは例えば、明治維新以後に人口を活かし切れなかった日本政府が行った他国への入植政策(事実上の棄民政策とも言われている)も同じように捉えることが可能であるし、例えば満州開拓団とその先での国家建設は実態はともあれ経緯としてはどこかシオニズム的な風土を感じないこともない。

ここで表題における”エクソダス”の解説を完了とする。



 さて。

 現状の否定と多数派に対する嫌悪、多数派が構築する社会秩序への嫌悪というのは人類史で度々起こったものであり、ロシアの東進の歴史とはそうしたロシアからの離脱願望によって入植するロシア人とそれを追いかけるロシア政府の鬼ごっこによって成立したという話もある。何であれ、離脱と入植……フロンティアを求める感情というのは人類に共通のものであると言っても問題はないのではないだろう。

(無論、現状に満足した人間であればそのような願望は持たないであろうが)

 仮にこうした

「少なくとも今、ここではないどこかへ!」

「見知らぬ新天地へ!」

という願望を”エクソダス”であると定義した時に、ここで問題となるのは表題としての”シオン”であり、つまり、エクソダスの願望の矛先である新天地の存在である。

無論こうした人間の現状に対する不満と開拓の精神は航路開拓や新大陸の発見など、様々な世界史的事件を引き起こしてきたし、近代においてもアメリカ合衆国の歴史とは西部開拓の歴史であり、西部開拓の歴史とは開拓者の”エクソダス”であると言うことも可能である。

 しかし。

 現代ではGoogleMapで見ることが可能なように、世界地図は概ね定まりつつあり、地球上のフロンティア(=未開拓地)とは深海や地下や北極・南極ぐらいしか存在しないように思われる。

(実際には宇宙という未開拓地が存在するが、深海や地下以上に非現実的であるためここでは論の対象とはしないことにする)

そうした時に、エクソダスを求める人々の心理には原則としてシオン(=未開拓の入植地)が存在しないということになる。

これをこの記事内においては『シオンなきエクソダス』と定義する。

無論、これはシオンを『まだ見ぬ政治体制』や『新しい政府』に見出すことは可能であろうが、それはどれほどの実体を持ち得るのであろうか?

吉本隆明ではないが、社会制度とは想像力のない人間には幻想としか捉えられないであろうし、制度の変革や大きな枠組みを導入すれば憲法改正は、想像力なき人々にとってはシオンたり得ない。

先程語ったロシアにおける東進(=シベリア入植)はシベリア及びステップというシオンの存在によって成立したが、これは歴史を学ぶ人々の中では当然理解可能な出来事として、このエクソダスはウラジオストックを持って停止し、そこで清(=中国)と大日本帝国との衝突という国家間紛争に終着した。

しかし、ロシア人が仮に、現代のこのシオンなき世界においてエクソダスを求めた場合……どうなってしまうのだろうか?


 シオンなきエクソダスとは現代病理であり、これは地球が開拓され尽くしたという事実に裏付けられた物理的な実体を持った概念である。

この論理は批評に大いに引用が可能であり、旅モノが得てして「新天地に身を投ずることが出来る可能性」それ自体を称揚する場面においてそのエクソダスの感情が明示され、そしてその「新天地」自体を明言しないことこそが、この感情が『シオンなきエクソダス』であるということを表している。

アニメで言えば『スーパーカブ』を筆頭に『ゆるキャン△』があり『ハナヤマタ』があり、何であれ旅先に何か自身の知らない未知の喜びを見出そうとしながら、終ぞこのシオンを見出すことが出来ない病理を感じ取ることができる。

(当然の事実として、諸君らが旅行に出ても隣に各務原なでしこや志摩リンは居ないのである)

また、この『シオンなきエクソダス』の感情の最たる表現物の事例として『少女終末旅行』を挙げることが可能である。

『少女終末旅行』におけるチトとユーリは、文明が崩壊した世界を二人でケッテンクラートに乗って旅をする。旅の途上の出来事も旅の中で見える景色も虚無であり、二人が辿り着いた場所には文字通り何も……ない。

そしてある時、こんな台詞を吐くのである。

「絶望と仲良くしようよ」

これこそが『シオンなきエクソダス』のニヒリズムの究極であり、ゼロ年代とはこの一言を生み出すために存在したのではないか……? と疑ってしまうほどに、現代病理を明確に表している。


 整理しよう。

 ここで提示される『シオンなきエクソダス』とは、現状と現状を構成する多数派社会に対する不満と、そこからの離脱=エクソダス願望に、終着地点=未開拓地=シオンが介在しない状態を指している。

そして、少なくとも現実におけるシオニズムはシオン(パレスチナ)が存在しており、彼らは先制攻撃をも厭わぬ軍編成をもってユダヤ人のエクソダスの先にあったシオンを(アラブ人を足蹴に)実現しているのである。

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