大久保の風景
私は大久保に住んで長い。
今更隠すこともないので話してしまうのだが、新宿区大久保付近に二十年近く住んでいる。
世間ではやれ「コリアンタウン」だと言われ、何故か政治的デモが定期的に発生するのだが、地元大久保で起こる日常的な様々な現象を前にすればそのような政治的デモなど日常以下である。日常の中に驚きがある街だ。無論これは悪い意味で、である。
大久保とは概ね、大久保駅と新大久保駅とその周辺で構成されている。
職安通りも大久保とひと括りにされることが多いが、いわば職安通り付近は大久保という土地の外縁部である。というか、端的に言えば歌舞伎町と大久保の境界線が職安通りなのである。38度線のようなものだ。
グーグルマップを開いて何となくこの大久保という土地の境界線を引いてみようと思ったが、恐らく小滝橋通り―職安通り―明治通りの中と言えば正しいと思う。
観光で楽しめるのも概ねこの辺りで、大久保通り―中央病院通りの間は住居地域で面白い店はそんなにない。皆無ではないが、メインではないだろう。
大久保はファンタスティックな街だ。
そこらじゅうにありとあらゆる国の料理店が軒を連ねていて、私が知るだけでもインドネシア、タイ、インド、ネパール、トルコ、ベトナム、チュニジア、四川、華北、台湾、延辺、韓国に、勿論日本のも沢山……の料理店が存在する。
よくよくテレビで放映される大久保は新大久保駅―明治通りの間にある華やかな韓国系飲食店で、今だとチーズホットギとかチーズタッカルビが流行りであろう。地元民はそんなに食べない。というか混んでいて行く気がしない。二十年大久保に住んでいて、チーズタッカルビをマトモに食べたのがつい先週の出来事であることをここに告白するのだが、流行の発信地そのものに住んでいる人間からすればそんなものである。タピオカミルクティーだって地元民は並んでない。だって中国人がやってる店で買えるんだもん(※一時期売り切れていた)。わざわざ並ぶ気が起きるはずもなく……。
地元の人間がもっとも足繁く通う店と言えば、業務用スーパー「河内屋」であり、たまにドン・キホーテに行く。最近、河内屋のすぐ隣にドン・キホーテが立って
「値段で他店に徹底対抗!」
という刺激的な文言が店中に貼り付けられていたのだが、このドン・キホーテと河内屋が並ぶ辺りは”大久保周辺が一種のスラム街”であることの何よりの証左であるように思う。絵面が面白いので一度見に来ると良い。
地元の人間がオススメするお店として、いくつかの名前を出そうと思う。
;『華僑服務社』
在日中国人向けに作られた中華系素材が集められた店舗。
他の店では考えられない安値で青島ビールが購入出来る。
奥に行けば行くほど日本語が減って中国語表記が増えていくので漢字による素材の推理が生じて非常に楽しい。
;『アジアスーパーストアー』
こちらは東南アジア系向けの食品店。
プラーソム(「白人が履いた靴下の臭い」とも称される独特な匂いを持った魚類の発酵食品)やメンダー(タガメ)やカイモッデン(蟻の卵)など、刺激的な食品が並べられているが、実は「ガパオライスの素」とか「トムヤムクンペースト」とか「レッドカレーペースト」みたいなメジャーなタイ料理を簡易に作ることが出来る類の食品が売られており、お買い得である。タロイモとかもあるな……。
;『韓国広場』
元祖、コリアン系食品店。
若干傷んだ野菜が目の飛び出るような値段で売られていたり、混雑してないと動かない試食コーナーなど、韓国の人々の”ケンチャナヨ(韓国語で大丈夫の意)精神”が炸裂している。
今更キムチなんか買っても仕方ないので七星サイダー(ロッテサイダー)とかエイス(韓国製クラッカー)なんかを買っていくのが吉。私の好物である。
こんなこと言っといて何だが日本風キムチと韓国風キムチは味が違い、良し悪しについては言及し難いが、本場風キムチはカレーライスと非常に相性が良いので試してみるといいかもしれない。余って酸っぱくなったキムチは豚と炒めるのが本国流である。
さて、ここまで大久保の楽しい部分について話をしたが、大久保は端的に言って『国際的なスラム街』であり、恐らく都内では山谷の次ぐらいに治安が悪い地域である。
そもそも飲み屋がそこらじゅうにあるので夕方以降は酔っ払いの割合が増えるし、コンビニに行けば南米系やベトナム系や中国系の店員が接客をしているので日本語が通じない。韓国系が出てきたら当たりだ、彼等は日本語が話せるので!
とくに私の家の近所にあるサイゼリ○大久保店などはそのテの日本語通じない系飲食店の典型で、もうメニューさえ覚えていないのでメニューを開いて指差しで注文しなければいけない。慣れた。頑張って日本語覚えてね。私は怒らないから(たまに怒ってる老人が居るが、カルシウムが足りていないのであろう)
またこの街は多数の国家の料理店が存在するが、このテの外国料理店が進出する過程がそこにはある。
1・ある国家で大きな災害が起こる。
2・その地域の人々が資産を失う。
3・一縷の望みを託して日本で飲食店を開き逆転を狙う。
これは大久保特有の現象で、そうした過程が存在することに気がつくまで十年は必要だった。
例えば四川大地震の直後に四川系料理店が、ネパール地震の直後にネパール料理店がそれぞれ増加した。最近は”あの悪名高い”外国人実習生制度でベトナム人が来日してくるようになったのに合わせてベトナム系料理店が増え始めている。
このテの店は無論、人気が出ることを目論んで作るのだが、そもそも日本人が来店する以前に、当地に住んでいる在日外国人達の憩いの場ともなっている。私なんかはそうしたところにしれっと紛れ込んで飯を食うぐらいどうってことはないのだが(飲食店をやるだけあって彼等は愛想が良いし、しっかり金を払って通えば顔も覚えてくれる)慣れてない人がやると強烈な疎外感を覚えるかもしれない。
一時はひったくりなんかもあったのだが、新大久保駅前交番の警察官の努力により、そのような分かりやすい犯罪は目に見えて減った。私も何度かお世話になった。
けれどもなんか怪しいアルファード(今風のヤクザが乗る車の典型)がそのへんにあったり、何故かネパール人が唐突に路上で百均の容器に入れたよう分からん少なくとも食品衛生法の観点からは問題の存在していそうなカレーを売ったり、違法コピーしたエロDVDを売ったりしている。
このエロDVDの販売方法というのがお笑いで、道端で一人で外を歩く男性を見かけては
「DVD! DVD!」
と声をかけてくるのである。それ以外の言葉を知らんのだろうか?
夜になればそのへんにゲロを吐く酔っ払いが現れるので、深夜日をまたいでから朝七時ぐらいまでは大久保通りを歩くだけで五回は吐瀉物を観察することが出来る。その吐瀉物をカラスがついばんで食べている。まるでアメリカ文学みたいな世界観である。くせぇ。せめてトイレで吐いてくれ。私が小さい頃から朝ゲロ観察は終わりの日が見えそうもなく、私の大久保二十年とはゲロの二十年である。こんな街に何故住んでいるのだろう。
私が専門学校生だった頃の話である。
「外国人、という言い回しは疎外感を生じさせる差別的語法である」
と教師に言われて、頑迷に抵抗したのが私である。
彼等は別に大久保や蕨のような移民街に住んでいるわけでもなく、実際に移民たちと会話をして生活しているわけでもないのに、何故訳知り顔でそんなことを言うのだろう。諸君らは実際に彼等と会話し、彼等がコンビニで出してくれたフライドチキンや中華まんを食べているのか?
言葉や上っ面だけを変えたって差別意識は消失しない。
大久保以外の地域では言語の壁によって部屋も借りられない彼等は、大久保でなら外国人に臆面もなく疎外も生じさせずにそれなりに対応出来るから大久保に住んで、こうやって飲食店やったりしているわけです。
私は安易な移民論にも反対する。
そうした末に負担が生じるのは大久保のような移民街であり、それを主張する彼等の街ではない。対応するのは住民や、或いは区役所の人々である。
大久保はどうしようもない街だ。
変に冷たいようで実は暖かく、飲食店のおばちゃん達は野良猫にエサをあげちゃうような変な優しさを抱えている。
朝にはゲロにおが屑がかけられ、掃除がなされる。吐くのは酔っ払いで、片付けるのは目の前に吐かれた飲食店だ。
私が今の時代にナショナリストをやっているのも、この何処か歪んでて変な移民街のせいである。大久保に住む日本人はグローバリストかナショナリストになる他ない。そうした自身の所在地を常に確認せざるを得ない街である。
けれども近所のファミマのベテラン店員、南米系のリカルド(仮称)は愛想も良く、私の顔を覚えていて、ファミマがキャンペーンで商品券を配ると余計に一枚ひかせてくれたりするいい奴だ。
近所の四川料理店の入れ墨をいれたあんちゃんは私がご飯をおかわりしても嫌な顔一つせず、笑顔で応対してくれる。ワンコインで無茶苦茶上手い麻婆豆腐を食わせてくれる。
何かと色んなところに言及してみたが、結局私はこのどうしようもない移民街・大久保が結構、いやかなり、好き……なのである。
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