トヨタの商品、ホンダの営業

:営業力のトヨタ、商品力のホンダ

 営業力のトヨタ、商品力のホンダ。

 一般的に経営関連のテキストで言われるのはこの二つであり、つまり

「トヨタは営業力によって車を売り、ホンダは商品力によって客自らが買いに来る」

「トヨタの営業力とホンダの商品力が合わされば無敵だが、ビジネス上はそうはならない」

という話し口で、いわば軍事理論のランドパワーとシーパワーの対立のような(分からない人はWikipediaで検索して欲しい)ものであり、両立出来ないビジネススタイルの両極のような語られ方をしがちである。

 では何故、トヨタは営業力に優れ、ホンダは商品力に優れているという語られ方をするのか……という、まるでビジネス雑誌(ダイ○モンドとかプレジ○ントみたいな奴)みたいな話が始まる。言ってしまえばこの記事自体が自動車オタクである文乃綴のエゴで出来ているようなものなのだが、この話は文明論や文化形成みたいな話に繋がってくる……いわば思想の話なので、取り敢えず読んでみて欲しい。


:トヨタ自動車の沿革

 トヨタ自動車の歴史とはほぼ日本の自動車の歴史に重なる。

 日本初の純国産自動車はダット号と言い、これを作ったのは快進社で、1914年に生まれる。日本初の量産型自動車が白楊社のオートモ号であり、双方共に米国の大量生産品に勝てず解散するものの、前者が後の日産自動車、後者が後のトヨタ自動車へと繋がっていく。

第二次世界大戦時には軍用車両の生産を行うが、度重なる空爆により四分の一の工場が破壊される。

第二次世界大戦を経て日本本土と同様ボロボロになった自動車業界(もっともこれは欧州も例外ではなく、どちらかと言えば無傷であった米国が例外的である)であるが、これに際しトヨタ自動車は銀行各社から融資を受けるのと引き換えにトヨタ初のリストラを敢行。以後、日本を代表する自動車量産メーカーとして販売を続け、世界及び日本経済の煽りを受けて経営危機に陥ることもありながら、長きに渡り販路を確保し続けている。

 トヨタ自動車は元々は豊田自動織機製作所の自動車部門であり、先の白楊社の人材の再就職先がこのトヨタ自動車であった。初代社長・豊田喜一郎にしてみても豊田自動織機製作所の初代社長・豊田佐吉の子であり、いわば工業会社の経営多角化といった側面があり、元から資本をもって始まり、日産と並んで最初期に車を販売しているが故に、最初期から現在に至るまでの継続的な顧客を保有しているのがトヨタ自動車の特徴である。

また一九六〇年代にはダイハツ自動車や日野自動車と提携した他、現在ではスズキやスバル等とも協力関係を結び、車両開発において他メーカーと共同で作業するのを厭わないのがトヨタ自動車の経営方針だ、とも言える。


:本田技研工業の沿革

 ホンダとは自動車業界で見てもかなり後発の部類に入る。

 そもそもホンダとは技術者・本田宗一郎と経営者・藤沢武夫のトロイカ体制で運営される企業であり、本田宗一郎を神格化する方針を打ち出したのもこの経営者・藤沢武夫の方である。

 戦前昭和特有の貧乏子沢山の家に生まれた本田宗一郎は自動車修理工場を運営するアート商会へ丁稚奉公に行き、そこで気に入られ技術を習得し、暖簾分けを許され地元でアート商会を名乗りビジネスを開始。

軍需産業が盛り上がりを見せる戦前日本においてピストンリングを量産しようと考えた本田宗一郎は小卒からいきなり工業大学へ入学、そしてピストンリングの作り方に関わる授業だけを受け、ピストンリングを製作できるようになると途端に学業を放り投げてしまい中退。

第二次世界大戦の敗戦によって本田宗一郎は唐突に今まで拡大してきたピストンリングを生産する東海精機重工業株式会社の全株を豊田自動織機(トヨタ自動車の本家であり、旧・豊田自動織機製作所)に売却。一年間何もせずに生活。

 しかし唐突に、妻から自動二輪のニーズがあることを耳にし、戦後直後に余っていた元軍需品のエンジンを自転車にくっつけるところから事業を開始。

二輪メーカーとして始まったホンダは本田宗一郎の長年の夢であった自動車事業に参画するが、当時OECD(経済協力開発機構)に日本が参加する手前、外資によって市場が制圧されないよう自動車業界を再編しようという流れがあった。特定産業振興臨時措置法案と呼ばれるものである。

(これを実行しようとした官僚が佐橋滋であり、城山三郎の経済小説『官僚たちの夏』に詳しい)

この特定産業振興臨時措置法案に強烈に反対したのはホンダであり、反対にトヨタは先述の通りダイハツ・日野と提携したのと比較すれば真逆の対応を取ったことになる。ホンダ側は半ば怒るようにホンダ初の量産車を販売、矢継ぎ早に新作自動車を販売し、販売実績を作ろうとする。

そのせいで起きた問題は多数あるものの、アメリカの大気汚染防止法、通称・マスキー法に対応するCVCCエンジンを搭載したホンダ・シビックを販売。世界的に大ヒットした結果、ホンダ自動車は自動車メーカーとしての歩みを始める。

 以後、ホンダは大抵経営で躓き大ピンチに陥っては大ヒット商品を生み出しV字回復を繰り返す異常なメーカーとなる。

先の特定産業振興臨時措置法案の兼ね合いもあったのか、ホンダというのは意地でも他社と提携しない一匹狼のメーカーとしての立場を貫き、他社から技術供与を受ける際にも常に格下から技術を借りては自分で勝手に作るを繰り返す。

加えて、新商品をヒットさせては長く売ることをせず、かなり早い段階で販売を打ち切ってしまう、思いついては売り、飽きたらやめるという売り方をするのもホンダの特徴だとも言える。


:対比としてのトヨタ・ホンダ

 先述の通り、トヨタは営業力・ホンダは商品力と二項対立的に語られることが多いわけだが、これはそもそもの成り立ちに由来するものだと考えるべきであろう。

つまり、日本で車を最初に真っ当に量産した白楊社とマスプロ(工業生産)手段に通ずる豊田自動織機製作所を本体に持ったトヨタ自動車は最初から資本を持った上で、一番最初に車を多量に販売し、古くから車を販売しているという基礎を元に商品を売る。そのため、顧客の情報と経済動向に強く左右され、どのように車を作れば売ることができるのか……販売ベースの思考がトヨタ側には存在している。他社にある商品はトヨタにもあり、であればトヨタから購入して貰おう。これがトヨタの考え方であり、同じものがあるのであれば……という展開手段を好むのがトヨタである。

 それに対しホンダとは、そもそもの二輪事業からして

「必要だから、今ないものを作る」

という思考からスタートする。これは汎用機械生産から自動車、二輪全てに共通するホンダイズムであり、顧客ベースである。つまり、同一なものは他社にはないからホンダのものを買うべきだし、仮に同じものがあったとしても……と言い放ちかねないのがホンダの商売なのである。

 つまり

「買ってもらう」トヨタと「買うべきである」ホンダというのが、この二項対立の根本的な姿勢なのだ。

ホンダのこの体質は本田宗一郎自身から来ており、過去にホンダがF1でターボエンジンを使用しF1界を圧倒した時に、F1のルールを考える欧州本部ではターボの使用を禁止するルールを作った。この際に技術者らに対し本田宗一郎はこう述べる。

「何、ホンダだけがターボ禁止なのか? 全員禁止ならば馬鹿な話だ。全員同じルールならばホンダが一番良いものを作るに決まっているのだから」

そう述べ、実際にホンダはターボ禁止後のF1に勝利して見せた。

 圧倒的な商品力と言うよりは、こそがホンダの本髄であるのに対し、良くも悪くもロジカルに、かつビジネス・フェーズで自動車を販売するトヨタとは対比的であり、これは構造として

「既存の顧客ニーズに答えなければならない以上、複数の商品を常時展開せざるをえないトヨタ」

に対し

「常に商品力を保つことで顧客から購入を促し、資本規模で劣るが故にトヨタほど複数の商品を常時展開することが出来ないホンダ」

という一種のジレンマが存在する。

 先にこのトヨタ・ホンダの二項対立について”ランドパワーとシーパワーの二項対立”と述べたのは全く本当の話であり、大陸(既存顧客)に依存するが故にコストのかかる大陸軍(多量の商品)を持たざるを得ないランドパワー国家(トヨタ)に対し、島国(独立した企業)であるが故に精鋭海軍(更新される少数の商品)を展開するシーパワー国家(ホンダ)というのがその本質である。


:トヨタの商品、ホンダの営業

 これらトヨタ・ホンダの二項対立とはそれぞれの企業の成り立ちそれ自体に由来する。ということは、何かしらの制作物を持つ集団とはその集団が統率されていればいる程、リーダーの思想によって集団が動くということの証左にもなる。

これはいわば企業の風土論であり、どのような風土から成り立ち、どのような成り立ちから体質が成立するのか……という議論でもある。

企業方針の曖昧さとはリーダーの思想の曖昧さでもあり、思想なき者にはリーダーは務まらないという話にもなる。

題名自体が『トヨタの商品、ホンダの営業』なのは、この二項対立の実態について、企業内部に存在するエネルギー源、利益を生み出す装置それ自体によって引き出される弱点を指すものであり、国家や団体が成立するには何らかの原動力が必要になるわけだが、その原動力を中心として形成されるであろう団体や商品の欠陥もまた同時に利点によって生み出されるということの証左である。






















:結論

それはそれとして、自動車も汎用機械も二輪も、買うのであればホンダである。

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