第27話 つかの間の静寂と告白

 一晩「考える時間」を貰ったローズは、ゆっくり湯船に浸かり、ふかふかの清潔なベッドに横になりながら、窓から差し込む月明かりを眺める。


「ナインに最後の晩餐を作って貰ったの、昨日よね?」


 ずいぶん昔の事のように感じる。

 喉の渇きを感じて部屋から出ようとすると、人の気配がした。こんな夜中に誰が出歩いているのか。皮膚の下を這うような不安感に体が固まる。

 だが、聞こえてきたのは優しい声。


「ローズ様、起きていらっしゃいますか」

「なんだナインね、今ドアを」

「いいえ。レディが夜に男を部屋に入れてはいけません。このままでお話をさせてください」


 ローズは言われるままに、ドアに手と耳を当てる。

 ひやりとした感触と木の匂い。


「私は本当は恋人のフリなど、して欲しくありません」

「なら何故あんな事を」

「ボスの力を侮っておりました」

「どういう事?」

「身を寄せる筈だった農家に連絡をしたら、来なくていいと言われました。町の掲示板にはまだ募集の張り紙がしてあるのにです」


 生殺与奪はボスの手の内。

 何か裏があるとしても、無力な者に断る選択肢など存在しない。


「……昨夜どうして、わたくしを殺さなかったの」


 覚悟の上だった。

 ローズはあのまま永遠に目覚めなくても良かったのだ。


「殺すつもりでした。あなたにはメイドの他にも死を望む依頼人がおります」

「あはは、ひどい女ね、わたくしは」

「仕事だから。本人に求められたから。大義名分をもって、殺害に踏み切ろうとしました。

 けれど本当は、自分がそうしたかったんです」


 しばしの静寂。

 窓の外でコウモリが飛んでいく音がする。


「誰にも、渡したくなかった。

 命を奪う事で、あなたを独り占めしたくなったのです」


 ドアに当てたままの耳が熱い。

 鼓動が早鐘のようだ。


「けれど、出来ませんでした」

「どうして」

「寝言で、明日のご飯は何かと問われました」

「えっ!?」

「突然、心残りが生まれました。まだ作っていない料理が沢山ある。食べて頂きたいと。

 欲が出たのです。

 一瞬の独占よりも、もっと長く、それこそ一生を共にありたいと」


 ナインは無自覚かもしれないが、プロポーズでしかない言葉に、ローズのカラカラの喉が限界を迎えた。一言も発せられない。


「聞いて頂き、ありがとうございます。どうか良い夢を。おやすみなさい」


 呆気なく去っていく足音。

 いやいや待ちなさいよ、返事を聞きなさいよ、と苛立ってドアを開こうとした瞬間。


 階下から銃声が響いた。

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