第23話 年の差15歳は、マリアナ海溝のごとく

 アンナとの会話で無性にローズに会いたくなったナインは、部屋を出、慎重に廊下を進んでいく。

 曲がり角でばったり遭遇した。首を狙う殺し屋ではなく、首ったけの相手に。


「あ、あら偶然ね」


 驚いたように開かれたアメジストの瞳が愛おしく、自然と顔が緩む。ローズは不思議そうに小首を傾げる。


「なんだかご機嫌ね?」

「ええ。不思議ですね、僅かな時間しか離れていないのに、とても久しぶりな気がして。

 ・・・会いたかったです」


 抱きしめようとして、プイと横を向かれた。

 それは照れ隠しだったのだが、ナインには拒絶されたように感じられた。胸に隙間風が吹く。

 やはり、片想いのようだ。

 先ほど気づいてしまった事を認める形になったが、今はそれどころではない。首を振って平静を保つ。


「ご無事でなによりです。うまく撒けたご様子ですね」

「そっちもね。ちょっと耳を貸して」


 爪先立ちをするローズと、かがむナイン。身長差18センチはすぐに埋まった。

 至近距離での密談に、鼓動が早鐘になる。


「どう?」

「効果的だとは思いますが、うまくいったとしても、その後が」

「後は後よ。大事なのは今!」


 ローズは握りこぶしを作り、不敵に笑う。

 ナインは目を閉じて気持ちを固めた。何があっても後悔しないという覚悟だ。


「あなたの策に全力で挑みます」


 +++


 ブー・シーは一人、甲板で海を見ながら黄昏れていた。

 どうしてもターゲットが見つからない。

 客室もリネン室も貨物室も船長室まで脅して見たが、手がかりは無し。

 もしや飛び降りたかと思って来てみたが、客たちの雰囲気は穏やかそのもの。若いカップルの入水事件が発生したとは思えない。


Nonノン・・・」


 疲れ果て、小さな婚約者に会いたくて泣きそうな心地だ。「いってらっしゃい」と手を振りながら見送ってくれた笑顔。

 すべすべの肌、柔らかい水色の髪。

 木綿糸を紡いで作ってくれた、世界に一つだけの婚約指輪。


『ボク、ブー・シーと結婚する。早く大きくなるから待ってて』


 7年前の約束を、忘れる事が出来ない。

 愛しい少年と、変態野郎の部屋で見た美しい少女達が重なる。

 本来なら、あの年の子に恋をするのだ。

 ノンと金髪縦ロールの少女が並んだら絵になるだろう。誰もが口々に言うはずだ。

 お似合いだ、と。


「それでも、我は・・・」


 視界の端に、おかしな影が見えた。

 こちらに気づいて逃げるような動き。どうやら潜んでいたネズミが出てきたらしい。

 舌なめずりをし、鞄の中でトンファーを構えた。

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