第22話 立ち止まっていても、時は動き続ける

 アンナ14才。

 膨大な知識を学んできたが、いまだ未知の領域が『恋』である。

 そんな彼女の目の前に今、身分違いの恋に身を焦がしている美青年が居るものだから、さあ大変。

 興味を抑えきれず質問を投げかける。


「ローズ嬢は、婚約を破棄される程に人格に問題があると聞いていますが、どのような所をお好きになったの?」

「残さず綺麗に食べてくださるところです」

「ピーマンでも?」

「ええ。諸事情により残して頂く必要があったので、好みの別れる食材を色々試してみたのですが」

「例えばどのような?」

「タコ、イクラ、白子、ナマコ、ウニ、ホヤ。椎茸やゴボウなど」

「食べた事が無いものばかりだわ」

「まあ、こちらも料理人ですから、調理法には気を遣いますが」


 見た目が不気味でも、食感や香りが独特でも、皿の上はいつもピカピカになる。美味しい美味しいと頬張る姿は、いつまでも見ていたい可憐さだった。


「恋人の料理とは特別に美味しいものかしら」


 その一言に、ナインは何かが引っかかった。

 恋人、なのだろうか。

「好きかもしれない」とは言われたが、それ以降に気持ちを聞いていない。「声を聞いていたい」とも言われたが決定的ではない。

「あなたの心が欲しい」とストレートに想いを伝えたものの、返事を聞かせてもらっていない。

 まさか・・・。

 駆け落ちの真似事をしているが。

 両想いであるかどうかすら疑わしいのでは。


「恋人では、ございません。そうなれたらとは思いますが」


 素直な気持ちを伝えると、アンナはガタンと立ち上がる。頰を赤らめ、口元を押さえてプルプル震えている。


「そんな、駆け落ち失敗は死刑じゃない。片想いのお嬢様を助ける為だけに命懸けで!?」


 バッグからハンカチを取り出し、目元を拭った後に、星のマークが描かれた懐中時計を取り出してナインに突き付けた。


「餞別として差しあげます」

「えっ?」

「あなたがた二人がこれから先も同じ時を刻めますように」


 手の平にずしりと重い時計が乗せられる。チッチッと規則正しい音色が心地良い。

 ナインは深く礼をして懐に仕舞いこんだ。


 許されない恋をしている。

 殺人のターゲットであり、身分も違い、出身地も違う、本来なら潔く諦めて忘れなければいけないもの。

 初めて、第三者に祝福された。

 恋をしていてもいいのだと励まして貰えた。

 ナインは叫び出したい気持ちを抱えて、胸いっぱいの感謝を一言に込めた。


「どうもありがとうございます」


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