第21話 殺し屋コックよ、名探偵を欺け!

 ナインの古い記憶。

 革張りのソファに腰をかけ、宝石の付いた杖をついたボスが品のいいバリトンボイスで語りかけている。


「殺し屋になる君に、言っておきたい事がある」


 ボスは杖をくるりと一回転してから、壁にかけられた三重丸の用紙に狙いを定め、手元のスイッチを押して、先端を発射させた。

 ど真ん中より少し右寄りに突き刺さる。


「命を奪う行為を重ねると、勘違いをしてしまう者が現れる。まるで自分が偉いような気持ちになる訳さ」


 幼いナインは黙って話を聞いている。

 異国の言葉は猛勉強したが、まだスムーズに聞き取れる訳ではない。頑張って解読中だ。


「一度受けた依頼から、娼婦殺しにハマってしまった者が居てね、この手で始末したよ」


 ボスは眉をひそめ、顔の前で指を組み、オパールのような不思議な目でナインをまっすぐ見つめる。


「依頼主こそが殺人犯。我々は代わりに過ぎない。

 だが、どちらも等しく“悪”である。

 たとえターゲットがどれほど非道な人物でも」


 ナインは深く頷き、ボスは一度笑顔を見せてから、口元を引き締める。


「殺し屋である事はターゲット以外の誰にも知られてはいけない。もし疑われたら何としても誤魔化すんだ」

「あの、どうやって」

「嘘をつくコツを教えよう。ほとんど真実を話す事だ。依頼主にたどり着く事だけは阻止しなければいけない。例え命に代えても」



 今、ナインは初めての窮地に立たされている。

 金髪縦ロール美少女名探偵から殺し屋として告発を受けている。異なる真実を即興で作り上げる必要がある。


「誤解です。アンナ様」

「それなら、この状況を説明なさって!」


 嘘をつく時は、ほとんど真実を話す事。


「確かに私はロリ伯爵のお見合い写真を存じております。お仕えしているローズ様からお聞きしましたので」

「仕えてるですって?」

「私はコックです。お嬢様は意に添わぬ婚約に腹を立て、逃亡を決意されました。しかし屋敷から追手が来たので、別れて隠れています」

「コックだと言うのならば答えて。ジャガイモを生で食べない理由は?」

「芽と緑色の部分に有害物質ソラニンがあるからです」

「フランベとは?」

「度数の高い酒を熱したフライパンに入れて一気にアルコールを飛ばす調理法です」

「・・・コックという点は認めるわ。でもなぜ逃亡に力を貸す必要があるの?」


 ナインは胸元に手を当て、名探偵の目をまっすぐに見つめ、嘘偽りの無い言葉を告げる。


「私が彼女をお慕いしているからです」

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