第13話 二人きりの最後の晩餐

 薔薇の湯船にゆっくり浸かり、時間をかけてメイクをする。

 身に纏うのは一番お気に入りのドレス。


 スープ。

 殻を砕いて出汁をとった海老の風味が、広大な海の豊かさを口いっぱいに満たしてくれる。

 焼きたてのパンが並び、小麦の香りが楽しい。


 採れたて野菜のサラダ。

 ほうれん草のキッシュが乗っていて、噛むごとに新たな喜びが生まれる。


 魚のグリル。

 鱗を立てるように炙られて、鮮やかな野菜が添えられている。一口ごとに変わる食感に時間を忘れてしまう。


 トマトのシャーベットで気分をリセット。


 満を持してハンバーグが登場。

 ナイフを入れると肉汁が溢れ出し、深いコクのソースがよく絡んで、多幸感が全身を駆け巡る。

 余韻を存分に楽しんだローズに、ナインが上着を持ってくる。


「デザートは?」

「お外に用意してございます」


 淡い色合いの木目調のテーブルにレースのクロスがかけられ、燭台の光に照らされた大きなお皿の上で待っていたのは。

 フルーツたっぷりのタルト。

 鮮やかな一品に導かれるように着席する。

 サクサク生地と、糖度の違うフルーツが生クリームの舞台で舞い踊る。


 見上げた空には満点の星が瞬いている。


「綺麗ね」


 ローズはその美しさを瞼に焼き付ける。

 もう二度と見る事の無い景色を。


「あなたの方が綺麗です」


 迷いの無い声で、ナインが告げる。

 振り返ったローズを、悲しげに輝くエメラルドグリーンの瞳が映す。


「やっと、アナタのお眼鏡に叶ったかしら?」


 からかうように笑うと、彼は小さく呟いた。上機嫌のローズには聞き取れない音量で。

 ・・・初めから、綺麗です・・・。



 薬を飲み、ベッドに入る。

 ふわふわの枕から太陽の匂いがする。


「すぐ効くわけじゃないのね」

「効き目が遅い分、轟音でも目覚めないタイプの物を選びました」

「安心ね」

「夢を見ている内に全てを終わらせます」


 ベッドサイドのランプの光だけが部屋を照らす。

 ナインは退出せず、側に控える。


「本を読んでくれない?」

「分かりました。どの作品にしましょうか」

「何でもいいわ。アナタの声を聞いていたいのよ」


 ナインは『眠りの森の美女』を読み始める。

 やがてローズの瞼が閉ざされ、寝息が聞こえてくる。それでも読み進める。


「オーロラ姫は、王子の口づけを受けて・・・。

 目覚めず、永遠の眠りにつきました」


 万が一にも苦しめる訳にはいかない。

 研ぎ澄ましたナイフを箱から取り出し、手元が狂わぬように両手で握る。


「ローズ。私もすぐに後を追います」

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