第2章 逃避行は突然に

第12話 絶望の中で見る出口は、希望に満ちて見える

 選挙に出るには、大金が必要になる。

 ローズは背に腹は替えられないと、ナインを伴い実家に戻った。

 褐色の肌を見て、使用人が顔をしかめる。

 ローズは家族に紹介するつもりだったが、話がややこしくなるとナインが断った。


「元気そうだな」


 思ったよりも雰囲気が柔らかい。これならいけるかもしれない。


「気持ちはよく分かった」

「それでは!」

「郊外暮らしがこたえたようだな、そんな絵空事を言い出して」

「えっ?」

「働くなんて、淑女のする事ではないわ」

「わたくしは本気で!」

「それよりも、いい話がある。お前の新しい婚約が決まったんだ」


 父の出した見合い写真には、ふた回りも年が離れた、はち切れんばかりの腹をした醜い禿げ頭の男が写っている。


「一度破棄されているからな、なかなか決まらなくて困ったぞ。やっとロリ伯爵が心良く受け入れてくださったんだ」

「絶対にイヤよ!」

「ワガママを言える立場だと思っているのか?」

「だ、だって。お母様!」

「伯爵は十代の女子なら誰でもいいそうよ。きっと優しくしてくださるわ」

「何それ、気持ち悪い!」

「ローズ!!」


 父の怒鳴り声が響き渡る。

 恐怖のあまり呼吸を忘れかけた。


「決まった事だ。ロリ伯爵に嫁ぎなさい」

「貴族の娘に生まれたからには、貴族に嫁ぐしかないのよ」


 写真をもう一度見て、吐き気を覚えた。

 泣きながら部屋を飛び出し、ナインと共に別荘へと馬車を走らせる。その間ずっと泣き続けた。


「ローズ様、一体何が」


 紅茶を差し出されても、飲む気が起きない。エメラルドグリーンの瞳が、心配そうに向けられる。


「わたくし、変態男と結婚させられるわ」

「えっ・・・」

「十代にしか興味が無いんですって。散々汚らわしい事をされて、成人したらボロ雑巾みたいに捨てられるのよ」


 グルグルと回る、後悔と屈辱。

 クリスティーヌに嫌がらせをしなければ。

 他の人を愛していたら。

 こんな事になるなら、パーティー会場でアレクの手を取るべきだったのかとまで考えた。

 浅ましい。

 どうせ地獄なら、せめて顔が綺麗な方がいいなんて。


「ローズ様・・・嫌です!」


 ナインが腕に閉じ込める。逃げられないぐらいに、きつく。

 溢れた涙が、額に当たる。

 ローズは心地良い腕の中で、重大な決断をした。震える唇をゆっくり開く。


「アナタの手で、わたくしを殺して」


 ナインもまた同じ気持ちだった。

 誰のものにもならない内に、まだ、自分に気持ちがある内に、時を止めてしまおう。


「はい、ローズ様」

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