最終話 償いは楽ではない、だから意味がある

 港町で数ヶ月、元の事務所に戻ってからまた数ヶ月が過ぎたある日。

 ローズは頭から水をかけられていた。

 暗殺を依頼した最後の一人、ローズのいじめに加担した屈辱を晴らしたい令嬢だ。

 まだ生きていたのか、どのツラ下げて来た、命が惜しいから謝罪のフリをしているのだろう、プライドがないのか、頭を地面につけろ。

 彼女はありったけの罵声を浴びせて土下座させて水をかけるというフルコースをしたのち、まだ許さないと言ったところで、一部始終を彼女の婚約者に見られている事に気がついた。

 報復を見かねたノンが連れてきたようだ。

 彼女は慌てて全部演技の練習だと言い張り、暗殺の依頼を取り消す代わりに話を合わせてくれるように頼んだ。

 これでローズは地道な説得(?)により自由を得た。


「借金を抱えちゃったけどね」


 暗殺を依頼した他のメンバーはお金に困っていた為、謝罪の気持ちにそれ相当の金額を添える事で取り下げてもらったのだった。

 借金の相談に行ったローズを両親は勘当した。


「ローズ、クッキーちょうだい」

「ローズ、肩揉みを頼む」

「ローズ、書類の整理と倉庫の片付けの件だが」


 借金返済を兼ねて殺し屋事務所で働く事になったローズは、毎日忙しく過ごしている。近所に引越してきたケルベロス・マスターは頼りになるし、アンナともよく会っている。

 出来る仕事が増えていくのは単純に嬉しかったし、色んな人間関係に触れるのは刺激的だった。

 人の数だけ喜びがあり、その裏に憎しみがある。

 だから殺し屋は闇に紛れて存在していてもいいのかもしれない。


「はあ、今日も走り回ってへとへと」


 窓際の席に腰掛けたローズの前に、すっと紅茶が置かれる。焼きたてのタルトケーキも添えて。

 見上げればそこには、最愛のコックの笑顔。


「わたくし、今とても幸せだわ」


 対面に座るように指示し、ケーキを切り分ける。ボスとノンとブー・シーにも分けて、ミニパーティーが始まった。

 舌の上で踊る、フルーツのジューシーさ、クリームのなめらかさ、タルト生地のサクサク感。


「おいしい!」



【悪役令嬢は殺し屋男子とハッピーエンドになれるのか】

 完。

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悪役令嬢は殺し屋男子とハッピーエンドになれるのか? 秋雨千尋 @akisamechihiro

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