第33話 親心は海より深い
玄関先では番犬たちが血を流していた。
呼吸を確認したマスターは獣医に電話をし、ローズは薬箱とランプを手にした。
「意外と器用なんだな」
「よく怪我をする同居人がいますから」
止血され包帯を巻かれた犬の頭を優しく撫でながら、彼は語り出す。反撃に遭い死にかけた事、手当てをしてくれた女性に恋をした事。
「家族の為に生きる。腕を失くしてもいいと思えた」
新しい仕事がうまくいった事。産まれた子供に障害があり、足がうまく動かせなかった事。町中の医者を巡った事。
「隣町に専門家が居ると聞き、二人は旅立った」
「ついて行かなかったのですね」
「せっかくついた客を手放したくなかったし、治療には金が必要だった」
二人の乗った船は事故に遭い、沈没した事。変わり果てた彼女を見つけ、泣き叫んだ事。
「息子の遺体は見つからなかった。きっと今でも、冷たい海の底だ」
犬は首を上げ、主人の涙を舐め取る。
同じことをずっと繰り返してきたのだろうと思えた。
「今の俺は、生きてはいない。死に損ないの一日を重ねているだけだ」
ケルベロス・マスターは、地獄に落ちる事なく、現世で苦しみ続ける。見上げた空はどこまでも暗く、海は泥のように見えた。
「しかし、妙だな」
「何がですか?」
「ラビリンスはルール遵守だが、他の事務所に関わる事は無かった。今回の騒動、何か裏がある気がする」
+++
無機質なタイル張りの部屋で目を覚ましたノンは、ぐらつく視界で天井を眺めた。
オカッパ頭の白衣の女が覗き込んでくる。
「おはよう、気分はどうかな?」
「頭が割れそう」
「そうだよね、ごめんね」
女は膝をトントンと叩いて、メジャーを引いて長さを測っているようだ。
「良かった、ちゃんと成長が見られる。うまく機能しているみたいだね」
「何してるの?」
「覚えていないだろうけど、大きな事故があってね。医学生だった当方は瀕死の君を見つけて、連れ帰ったんだ」
「なんで?」
「当時はまだ違法だった最新技術を使うためさ」
女の話はノンには理解出来なかったが、自分の足にその“最新技術”が使われている事だけは察した。
「初めてハイハイした時は嬉しかったな、離乳食は頑張ったよ。オムツ外しに苦労したし」
「ボク、孤児院に居たような」
「研究が忙しくて、少しの間だけ預いたら引き取られちゃって。見つけるのに苦労したんだ」
女は覆い被さるようにノンを抱きしめた。
「おかえり、もう離さない。君に手を伸ばす連中はみんな消してしまおうね」
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