悪役令嬢は殺し屋男子とハッピーエンドになれるのか？

第１章 スパルタ殺し屋がやって来た

第1話 殺し屋はパンケーキを持ってくる

　ローズがシロップの香りに誘われて目を覚ますと、褐色肌の美男子が紅茶を淹れているところだった。

　ナプキンを首にかけられ、椅子を引かれた。

　皿の上には甘い香りを湯気にのせたパンケーキ。フォークを乗せるとプルっとした弾力で跳ね返してくる。モフッと乗った生クリームはきめ細かく、果物はシンプルに苺のみ。

　一口大に切って運ぶ。

　ふわふわとした食感から、噛むごとに甘みが生まれ、ケーキのほどよい塩気とクリームの甘みが絶妙に絡み合い、イチゴの酸味で仕上がっている。

　紅茶の香りは、遠くの世界に羽ばたけるようだ。

「美味しかったわ」

「ありがとうございます」

「ところでアナタは誰なの？」

　ローズは美貌の令嬢として学園で女王様だった。金髪碧眼の婚約者も居て順風満帆だったのだ。

　だが、庶民の娘クリスティーヌが現れ、彼の心を奪われた。

　腹いせに嫌がらせの限りを尽くしたのが悪かった。全てが発覚して婚約は破棄。親からも呆れられ、郊外の別荘に追放された。

　昨日まではメイドが居たのだが。

「彼女の代わりに参りました」

「そう、よろしくね」

「はい。殺し屋として精一杯お世話をさせて頂きます」

　ローズは耳を疑った。

　この褐色でエメラルドの目を持つ、異国の美男子は何を言っているのか。

「メイドのリサ様はあなたに罵倒されて精神を病みました」

「待って！？」

「私は謹んで仕事をお受けました。しかし一つ予想外の事態が」

「わたくしは全て予想外よ！？」

　殺し屋は頭を抱えて、苦しそうに言葉を紡ぐ。

「あなたが美しくない事です」

「はああ！？」

「ターゲットが美女ではないと気付き、どれだけ失望し、やる気を削がれたか！」

「知らないわよ！！！」

「カラスの濡れ羽色のような長い髪、パールのような肌、アメジストのような瞳、桜貝のような唇、カモシカのような脚と聞いていたのに。

　髪はボサボサ。肌はブツブツ。目は腫れ上がり、体はブクブク。

　詐欺じゃないですか！」

「ちょっと前まではそうだったのよ！」

「ならば戻すまでです！」

　殺し屋が開いて見せた手帳には、トレーニングの予定がビッシリ書き込まれていた。

「死ぬ気でダイエットをして頂きます」

「なんで殺される為に綺麗になんなきゃいけないのよ！」

「逃げた場合は仕方ありません。目をつぶって雑に銃殺いたします」

「どうあがいても死しかない！」

　魂の抜けたローズに、殺し屋は告げた。

「私の名はナイン。ドイツ語で拒絶を意味します。あなたを決して逃がしません」