第30話 殺し屋の辞め方

 ローズは今、顔面蒼白で大きなドーベルマン二匹に壁に追い詰められている。

 何故こうなったのかというと……。



 物音を聞きつけた三人は二階に上がった。

 立ち尽くす給仕係を、ナインが関節技で覚醒させる。彼はハッと息を呑み、昏睡状態のブー・シーの頰を叩いた。

 その目は不安の色で溢れている。


「落ち着きなさい、命に別状は無いよ」


 ボスの声に、震える手を引っ込めた彼は、礼をして下がる。現場を調べたボスは、ラビリンスの襲撃であると結論付けた。


「猶予期間のはずでは?」

「普通なら絶対にしない事を、平然とする女がいる。武器開発担当。通称クレイジーフローズンだ」

「ルール違反では?」

「彼女だけは例外だ。なにせ、ボスの娘だからね」


 黙り込むナイン。ローズはブー・シーの涙をハンカチでぬぐう際に、指先の血痕に気がついた。


「フム、犯人の物だろうね」


 黙り込むボス。ローズは給仕係にブー・シーの傷の手当てを頼んだ。彼は頷き、丁重にベッドまで運んでいく。


「ケルベロス・マスターと呼ばれた男が居てね、神出鬼没なターゲットを特定したりしたものだ」

「その方は、今どちらに」

「数年前に辞めたよ」

「辞められるものなのですか?」


 ローズはナインをちらりと見る。彼もまた見ていたので、視線が見事にぶつかった。


「各事務所の上にキングが居る。辞める際は本人か血族が申請する事になっている」

「では、その方に認められれば」


 ナインを殺し屋から解放出来る。ローズは気持ちが浮き立った。だが、続いた言葉に声を失くした。


「彼は代償として、利き腕を差し出した」



 闇夜より暗い気持ちで、地図を手にトボトボ歩いた。自分が歩く先にゴールなど無いように思えた。

 そこまでして手に入れたケルベロス・マスターの平和な生活を、乱していいものなのか?



「ごめんなさい、ごめんなさい。靴を隠して。悪口を言って。ドレスを作り直させて。水をかけて」


 念仏のように懺悔をする。

 帰ったら、恨まれる覚えがある全ての人に謝罪しよう。それで許して貰おうなんて生ぬるいけど。

 今とても、そうしたい気持ちだった。


 ローズは鞄の中から非常食のチョコレートを取り出す。


「わたくしを食べるなら、これも一緒よ。せいぜいお腹を下してお泣きなさい!」


 犬達はフンフンと嗅ぐ仕草をして身を引いた。離れた場所から笑い声と拍手が聞こえてくる。


「その気の強さ、女房を思い出すよ」


 日に焼けた肌に、若草色の髪。義手を付けた男が寂しそうに微笑んだ。

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