第29話 未来を阻害するのは過去に他ならない

 訪問者が去った後、ローズは渇望する水を差し出されても、手をつけるどころか身動き一つ出来ない。

 ナインが背中を撫でる事で何とか息が出来ている状況だ。


「切り抜けた前例などは無いのですか」

「同じようなルール違反で三箇所も潰されたよ」


 家鳴りさえ遠慮するほどの沈黙。ボスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「港町の『ラビリンス』は気性が荒い。ボスの決めたルールに絶対服従だ。全員で逃亡した所、死んだ事にした所、辞める意思を示した所。色々だったけどね。

 彼らはやると決めたら徹底的にやる」

「そんな……」

「うちの事務所は小さいが、武器開発に営業と情報屋も合わせると十数人。

 僕はボスとして、所員を守る義務がある」


 メガネを直したボスは、ローズに向かい冷淡に告げた。


「殺し屋を差し向けられるような生き方をしてきた君にも責任がある。最後の時を後悔なく過ごしてくれ」



 一連の会話を盗み聞きしていたノンとブー・シーは、口を出す事なく静かに部屋へと戻っていく。出来る事は何も無いからだ。

 ふと、二階の廊下に人影があった。

 騒ぎに気付いて起きてきたのか、大男マイクが立ちすくしている。ニコニコと歩み寄ろうとするノンを、ブー・シーが肩を掴んで引き止める。

 マイクの姿を凝視し、冷や汗を流した。


「誰だキサマ」


 マイクの背後からオカッパ頭の小柄な女が現れた。白衣を着て、ゴーグルを頭に装着している。


「当方は『ラビリンス』の武器開発担当。そちらさんウチと揉めてるんでしょ?壊される前にノン君を確保しに来たの」


 突然、視界がぐにゃりと歪む。目の前でノンが床に倒れる。よく見たら足に針が突き刺さっていた。

 振り返ると、給仕係の初老の男性が立っている。


「今作っているのは、お人形にしちゃう薬と、耐性のある奴にも効く睡眠薬」

「ノンを、どうする、気だ……」

「そりゃあ可愛い子は飾り付けて氷漬けに決まってるでしょ。劣化しないようにね」

「ッ!?」

「じゃあマイク、ノン君を優しく運んでね」


 ボロ靴を履いた細い足首に、ブー・シーの爪が食い込み、血が滲む。


「へえ、床板を壊して肩に刺したか、痛みによる覚醒は効くんだね。次は指先をまず麻痺させよう」


 嬉々としてレポートをすると、給仕係に指示を出して引き離す。そしてノンを担いだマイクと共に窓から去って行った。


「待て……!」


 身が引き裂かれる絶望、心臓を抉られたような喪失を抱えて、ブー・シーは深く眠りについた。

 血と涙を流しながら。

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