第28話 港町の殺し屋事務所

「なに、今の音」

「様子を見て参ります。どうか部屋でお待ちを」

「わたくしも行くわ」

「危険です。もしもの事があれば」

「アナタにもしもがあれば、わたくしも無事ではない。そうでしょう?」

「……分かりました。必ずお守りいたします」


 玄関ホールにヒビの入った氷上の如き緊張感が漂っている。

 ボスと、見知らぬ男女二人組。

 銃弾の貫通した花瓶は己の命がまだあると錯覚しているのか、立ち尽くしたまま中の水で絨毯を濡らしていく。


Ouiウイ、威嚇射撃するなら安物にしておけって」

「値段なんか分かんないもん」


 短く切り揃えられた濃紺の髪の下で、白い顔に縦一直線の傷を持つ男が、瞼を閉じたまま叱る。

 ウイと呼ばれた相棒はマフィンのような女。

 ふわふわにウェーブした金髪の両サイドにリボンを付けて、肩を出したセーターに豊満な胸の膨らみ。甘い顔立ちと合わせて、異性に声を掛けられない日は無い。


「このヒト、男にしか反応しないから体に聞けないし」

「大事なコレクションをこれ以上ゴミにされたくないなら、素直に質問に答えた方がいいって」


 深夜の来訪者と対峙しているボスは、困ったように眉をひそめて、両手を杖に乗せている。


「確かにルールを破り、部外者を招いた。そこは認めよう。だが彼女はナインのターゲットでね」

「デートをしてたわ」

「殺す機会を伺っていたんだよ」

「喧嘩をしてたわ」

「いつまでも手がかかる子で。うまく立ち回れなくてね」


 銃声が響き、踊り子の置物の上半身が粉砕された。

 それでも気が済まないウイは、鞄からもう一丁を取り出し、両手でボスに狙いをつける。


「嘘つき。恋人を連れ込んでいるのでしょう?」

「ウイ、銃を降ろせ。黙って撃たれる相手じゃないって」


 ボスの杖の先がピタリと心臓を狙っていた。

 彼女は不機嫌を露わに武器をしまうと、腹いせに相棒の頰をつねった。


「ナインは手料理を拒絶された時に殺害するルールを自らに課している。だが彼女は食いしん坊でね」

「ゲテモノでも出しとけば」

「それが食べるんだよ」

「飢えた野良犬みたいに意地汚いって訳ね」


 理不尽な罵倒にローズは怒鳴り込みたくなったが、見つかればどうなるのか分からない。必死に自分を律する。ナインが震える拳を優しく撫でる。

 瞼を閉じたままの傷の男は考えこむ仕草をして、ボスに向けて告げた。


「それなら期限を設けよう。三日後にまだあの女が生きているようなら、あんたら事務所のメンバーは皆殺しって事でよろしく」

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