第35話 ママには苦悩がつきもの

 抱きしめられた体温からノンが感じることは

 喜びでも母への愛情でもない。ニセモノだ、という違和感だけ。

 少年が想いを寄せるは一人だけ。

 料理も裁縫も出来ず絵も描けず読み聞かせも下手で歌も歌えない。

 でも殺しをしている横顔が、とても美しい人。


「ママ」

「えっ!もうそう呼んでくれるのか!」

「うん、会えなかった分もたくさん甘えさせて欲しいな」

「いいとも。何でも買うしどこへでも連れて行ってあげるとも。当方のパパはまあまあ偉い人だからね、お金だけは沢山くれるんだ」

「じゃあボクの婚約者を紹介させて」

「うえええ!!キミ、まだ12とかだよね!!?」

「愛してるんだ」

「待って待って、少し心の準備が」

「年上の男だけど、祝福してくれるよね?ママ」

「ななな!?本当に待ってくれないか」


 クレイジー•フローズンは頭を抱えて部屋の隅にある机に突っ伏して苦悩した。かわいい我が子の幸せを願うなら許可すべき。それは明らかだが、まだ若い通り越して幼い部類だ。子供に手を出す大人などロクなものでは。だが嫌われたくない。だが、いや、だから、その。


「年上って、何才ぐらい上なんだ!」


 やっと絞り出した質問は、首筋に突き刺された注射針によって阻まれた。傷口を抑えて床に倒れ込み、口から泡を吹き始めた。


「さすがママのラボ。たくさん薬品があるね。簡単に毒が作れた」

「…が、はっ…」

「死にはしないと思うけど、薬はアレルギー体質によって効果に違いが出るから、ダメだったらごめんね」


 小刻みに震えながらうめく女の体を拘束して、胸元からカードキーをむしり取ると、ノンはまっすぐドアに向かった。


「多分だけど、あなたが求めてるのはボクじゃなくて、父親なんじゃないかな。お金以外のこと、お願いしてみたら?」


 シャッと消えていく後ろ姿を見つめながら

 女は一人静かに泣いた。



「ノンから通信がきた」と二階から降りてきたブー・シーと、一仕事を終えたナインとボス。駆けつけたローズとケルベロス・マスターが合流した。


「それで、ノンの居場所はどこなんだい」

「海の中だ」


 頭を抱えながらそう告げた。みな耳を疑い、視線を交わらせる。ブー・シーは頭を抱えて言いにくそうにもう一度言った。


「クレイジー・フローズンの極秘ラボは海中である」

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