第3話 殺し屋はいつでも命がけ

 夜中に物音がして、ロウソク片手に降りていくと、玄関先でナインが血塗れで倒れていた。驚きで呼吸が止まる。


「何これ、一体どうしたの!?」

「……救急箱を」

「あっ、そうね。ごめんなさい」


 ナインは慣れた手付きで消毒し、時折うめきながら包帯を巻いていく。手が届かない場所はローズも手伝った。

 額に浮かぶ汗を拭うと、エメラルドの目が細まった。


「ありがとうございます。これで何とか」

「病院へは行かないの?」

「ご冗談を。私は殺し屋ですよ」


 現場を見ていなくても、反撃に遭ったのだと想像がついた。包帯まみれの体を見ているうちに、自分の身も痛く感じられた。


「こんな危険な仕事、辞められないの?」


 ナインは、涙を拭おうとして何も持っていない事に気が付いた。

 人を殺したばかりの汚れた手で彼女に触れるのは躊躇われ、そっと手を引っ込める。


「私にはこれしか出来ませんから」

「料理があるじゃない」

「ローズ様は貴族なのでご存知ないのでしょうね。この国は身分差が激しいのです。私のような移民は最も低い位置に居ます」

「好きな仕事を出来ないという事?」

「はい。両親は過労から病にかかり、薬代も無くそのまま」

「そんな、酷いわ!」


 ローズの紫色の瞳からは止めどなく涙が溢れていく。拭えないナインは困り果てた。

 なんとか自力で引っ込めて貰わないといけない。


「殺し屋の仕事をあまり馬鹿にしないでください。私は誇りを持ってやっています」

「ひっ、ぐす。そうなの?」

「はい。大切な存在を亡くした人、何かを奪われた人、みな強い愛情ゆえに依頼をしてくるのです。

 死んだ人は戻らない。壊れた物は直らない。

 それでも、憎しみの相手が死ぬ事によって、前を向けるんです」

「前を?」

「絶望は癒えません。それでも、わずかに気持ちが楽になるんです」

「その為なら、命を張れると言うの」


 真っ直ぐな問いかけに、負けじと真っ直ぐに答える。


「そうです」

「ふふ、わたくしも依頼してみようかしら。裏切り者のアレクとクリスティーヌの暗殺を」

「お断りします」

「何でよ!」

「私は代行をしているだけです。殺人犯は依頼主になります」

「あ、そう?」

「あなたを殺人犯にしたくはない」


 ナインの優しい微笑みに、心臓が跳ねる音がした。

 それと同時に、恨まれている事を思い出した。メイドのリサにとって自分は生きていてはいけない存在なのだ。

 ローズは彼女にした仕打ちを思い出そうとしたが、うまくいかなかった。

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