第4話 告白、玉砕、即家出

 ナインの事をボンヤリ考えていたら階段から落ちそうになり、血の気が引いた瞬間に、抱きとめられた。

 ふわりと、ぬいぐるみでも抱くように。


「お怪我はございませんか」


 逞しい腕と、間近に迫るエメラルドの瞳。

 婚約者だったアレクと抱きあった時よりも強い鼓動。ドコドコと太鼓のごとく心臓が鳴る。


「は、はは。困ったわ」

「どこかお怪我でも」

「わたくし、アナタを好きかもしれないわ」


 光栄に思いなさい?

 とフフンと鼻を鳴らして顔を上げると、彼は驚いたように目を開き、うつむいた。


「何よそのリアクションは!」

「・・・いいえ、あまりにも計算通りで」

「何ですって?」

「女性が美しくなる一番の方法をご存知ですか」


 ローズは背中に冷水をかけられたような心地がした。

 震えながら言葉を紡ぐ。


「わざと、恋をさせたという事?」

「はい。やはり傷心の良家のお嬢様というものはチョロいものですね」


 屈辱が全身を駆け巡る。

 ローズは廊下に飾ってあったクッションを手に取り、ナインの頭に投げつけた。


「最低!!!」


 バンと音を立てて玄関を飛び出す。

 拭っても拭っても涙が止まってくれない。

 彼は殺し屋だ。

 美しいターゲットを殺したい。ただ、それしか頭にない。

 美味しい料理を作ってくれるのも、一緒に運動するのも、髪をとかしてくれるのも、寝る前に本を読んでくれるのも、全ては信念に基づいた殺しをするため。

 好きだからじゃない。


 突きつけられた現実が身を引き裂く。

 死んでしまいたい気持ちで駆けていると、空気を読んだかのように雨が降ってきた。



『ローズ、クリスティーヌに嫌がらせをしていたのが君だったなんて。見損なったよ、婚約は破棄させて貰う』

『卑しい真似をしおって。一族の恥さらしが』

『ローズ様が学校を辞めるんですって。いい気味だわ、これで過ごしやすくなるわね』


 何をしても許されると思っていた。

 だからどんなに人を傷つけても気にしなかった。

 でも本当は

 誰にも愛されてなどいなかった。


「自業自得ね」


 肌を打つ水滴より、心の方が冷たかった。

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