第9話 わたくし、悪役令嬢ですから

 色鮮やかな花が咲き誇るガーデンパーティーに、鳩が逃げ出す程の音が響いた。

 ローズの平手打ちがアレクにヒットしたのだ。


「ごめんなさい、蚊がいたもので」


 そう言い放ち、呆然とするアレクを残して優雅にクリスティーヌの元に歩いて行く。

 ピンクのドレスを上から下まで見て鼻で笑う。


「ああら、クリスティーヌ。何なのその見すぼらしい格好は。アレクの隣にいるのに相応しくないわねぇ?」


 うんと見下したローズを、クリスティーヌは栗色の髪を揺らして強く睨みつける。


「アレキサンダー様は、着るもので人を判断したりなど、しません!」


 しているのだが、それは言わなかった。


「これは母が、父との初めてのデートの時に仕立てた思い出の服です。私のためにサイズを直してくれたのです。

 あなたに侮辱される覚えはありません!」


 堂々と胸を張る姿は、実際の身長よりも大きく見えた。

 周りの客達はざわめき、顔を見合わせた。


「クリスティーヌ嬢は貧しいながらも精一杯ドレスアップしてきたというのに」

「金持ちだからって偉そうに」

「見た目最高、中身最低のお嬢様、噂通りね」

「よく見たらドレスの色とセンスもイマイチじゃないか?」


 先ほどまでのチヤホヤはどこ吹く風。

 自分へのバッシングを心地よく聞いてから、ローズは踵を返し、アレクの横を通って会場を後にした。


「あの子、アナタには勿体ないわね?」


 すれ違いざまにそう囁いて。

 見上げた空はどこまでも澄んでいて、空気がすんなり肺に取り込まれていく。


 あんな男のどこが好きだったのか。


『ローズ様』


 瞼に浮かぶ、褐色の彼。

 パーティーでは結局、何も食べられなかった。お腹がまぬけな音を鳴らす。戻って軽食でも作って貰おう。

 馬車に乗り込もうとした時、声を掛けられた。


「ローズ・デンファレ様?」


 振り返ると、小柄な少年が立っていた。

 水色の髪で、ピンク色の瞳の。


「うーん、隙だらけだし。強そうには見えないんだけどな」

「坊や、迷子かしら?」

「ううん、貴女を探していたんだ」


 そう言って笑うと、ハンドガンを取り出した。


「ボクの名はNonノン。フランス語で拒絶を意味する殺し屋だよ。ちょっとそこまで付き合って?」

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