第3章 VS港町の殺し屋事務所

第25話 ボスの正体

 白髪の紳士が拍手と共に現れ、杖を床を突いて両手をその上に重ねる。

 2組のカップルは我に返り、慌てて体を離した。


「詳しい話を聞かせてくれるかな、良い店があってね」


 石畳を敷き詰めた港では、逆三角形に筋肉のついた大男が待ち構えていた。両腕にスーツケースを挟んでノシノシと歩いていく。


「久しぶり、マイク」


 明るく話しかけるノンに会釈だけ返した男は、迷いのない歩みで大勢の客で賑わうレストラン……の横のさびれた店に入って行く。

 看板すら出ていない。

 本当にここなのかとボスを仰ぎ見ると、ウインクを返された。


 ドアを開けた瞬間、疑惑は吹き飛んだ。

 細かな刺繍の施されたワインレッドの絨毯に、品の良い調度品の数々。玄関に置かれたテーブルは年代物で、世界中にコレクターがいる品物だ。


「ローズ様、ここはボスの隠れ家です」

「ねえ、ボスって一体」


 奥の部屋の扉が開き、キチンと並べられたシルバーの数々が出迎える。薄暗い部屋を青銅の燭台が静かに照らしている。

 ナインに椅子を引かれて着席するも、重々しさに息が詰まりそうだ。


 先ほどの大男に代わり、スーツ姿に身を包んだ初老の男性が現れた。緊張して身動きできないローズのグラスに透明な液体がそそがれる。

 ワインを手に立ち上がったボスが、舞台で歌うように口を開く。


「それでは、乾杯」


 ローズは黙々と口に運ぶ。食べた事が無い味で、高級な食材を贅沢に使っている事が分かる。

 だが、ナインの料理の方が好みであった。

 誰も一言も発しないままデザートのケーキを食べ終えた後、やっと会話が始まった。


「ふむ、意に添わぬ婚約とは気の毒に」

「分かってくださいますか」

「しかし自業自得ではないかね。婚約破棄を受けた君の将来を心配してのこと、ご両親だけを責めるのは筋違いだ」


 ぐうの音も出ずに、うつむく。

 ナインはロリ伯爵の真の姿を言うべきか悩み、同じくうつむく。


「だが君達の気持ちは船で見せてもらった。僕も道ならぬ愛に生きる身。望まぬ結婚から救ってあげたいと思う。

 そこで提案なのだが」


 その時、ノックの音が響いて恰幅のいいシェフが現れた。深くお辞儀をしてから中に入る。


「お口に合いましたでしょうか、公爵」

「相変わらずいい腕だね」


 ローズは耳を疑い、目を白黒させる。

 ボスはシェフを下がらせた後に、優しい笑みを向けた。


「僕はトゥルー・エンド。一応、王族の分家として公爵位を賜わっている。

 どうかな、僕の仮初めの恋人になってみるというのは」

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