第15話 コートに包んで運ばれる姫

 ローズが目を覚ますと、そこは見慣れぬ場所だった。

 ボンヤリした視界を分析していく。

 上質なストライプの壁紙、精巧な作りのランプ。近くに窓があり、ワインレッドのカーテンがかかっている。

 身を起こすと、頭が異常に重く感じられた。


「おはようございます」


 近くから聞こえる声、それと共に差し出される水。

 コップを持つ手から視線を先に進めると、褐色肌の美青年の優しい微笑みにたどり着いた。

 最近毎日見ている顔だ。


「わたくし、どうしたのかしら」


 何があったのか思い出せず、ひたすら首をかしげる。

 重大な決断をしたばかりだったような。

 一番新しい記憶は、眠れないからと言ってナインに本を読んでもらった事だ。確か『眠れる森の美女』を・・・。


「何故、まだ生きているの?」


 急速に思い出す、眠りにつく前の出来事。

 ロリコン男と婚約させられ、逃げるためにナインに自分殺しを依頼した。

 だが頭以外に目立った痛みは感じられない。


「申し訳ございません。私には出来ませんでした」

「殺しのプロなのに?」

「はい。もはや退職するしかありません」


 語るナインの表情に、悲しみや後悔は読み取れない。

 ローズは戸惑いつつ周りを見る。


「それで、一体ここは何処なのかしら」

「それはー」


 タイミング良く、放送が入った。

 港が近づいて来たので、降りる準備をして頂きたいといった内容だった。


「船の中って事!?」

「はい」

「話が全く見えないわ。どうして船に?」


 ナインは目を伏せ、ゆっくりと開きながらローズを見つめる。


「私があなたを誘拐したからです」


 時が止まった気がした。

 ローズの動揺をどこ吹く風とばかりに、ナインはテキパキと降りる準備を始める。


「正気なの?」

「もしかしたら正気ではないかもしれませんね」

「冗談言ってる場合?もし見つかったら」

「当然、死刑でしょうね」


 ローズの持ち物の中で、色・形ともに地味な白と茶色のドレスをベッドサイドに並べる。


「今の格好は人目につきます。部屋の外に出ておりますので、お着替えください」

「待って待って」


 ローズは必死に上着の裾を掴んだ。


「一つだけハッキリさせて!」

「何でしょうか」

「さっき誘拐って言ったわよね、まさか、うちのお金が目当てなの?」


 ナインはエメラルドグリーンの目を見開き、そして微笑みを浮かべて答えた。


「私が欲しいのは、あなたの心だけです」

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