第16話 いいムードは水を差されるもの
着替えが終わり、岸に着くまでの僅かな時間。
ベッドに並んで腰を掛ける。着いたら何をするかを話し合う。
「仕事のアテはあるの?」
「郊外の農家が人手不足と聞いています」
「麦や野菜を育てるのね、面白そう」
「ローズ様は読書でも」
「まあ、舐めないで。わたくしも土いじりぐらい出来るわ。スパルタ塾ダイエットで無駄に体力も付けられたし」
「虫に刺されますよ」
「ハーブの化粧水が効くらしいわ」
「日焼けしますよ」
「アナタとお揃いになるじゃない」
二人とも真っ黒になれば、目立たなくなる。
貴族の暮らしには無い、額に汗する生活は健康的で珍しく、とても魅力的に思えた。
「わたくしの育てた野菜をアナタが料理するなんて、最高の贅沢だわ」
「そうですね」
和やかな雰囲気は不意のノック音に止められる。歩み寄ると、ドア越しに異常な殺気を感じた。
ローズを背にかばいナイフを取り出す。
「な、何?」
開かない窓、狭いクローゼット。逃げ場は無い。
ナインは額に落ちる汗を拭う。
「その気配、
開かれた扉から現れたのは、体にフィットした黒いセーターの細身の人物。
透き通るような白い肌に、オールバックにした黒髪。感情の乗らない細い目が鋭利な刃物をイメージさせる。
「我は
「まさか真っ先にお前が来るとはな。ボスは相当お怒りなのか」
「当然だ。仕事を放棄したばかりか、ターゲットを連れて逃亡などと、マナー違反も甚だしい。
キサマのせいで事務所の評判が地に堕ちる」
ブー・シーは鞄から木の棒に取っ手が付いている物体を取り出し、両手に持つ。空を二、三回切ると、風が起きた。
「あれ何?」
「トンファーです。打撃に特化していて、接近戦では敵無しです」
「さ、殺傷力は低そうね?」
「あれはターゲットの気を失わせる為のもの。真の凶器は暗器の毒針です」
ブー・シーの薄い唇がニヤリと歪む。
「いや、裏切り者のキサマはこれで顔面をボコボコにする。その無駄に整ったパーツの配置が、心を狂わせるのだからな」
一歩踏み込み、鋭い一撃を繰り出す。
ナインは間一髪避けたが、白銀の髪が何本か宙を舞った。
圧倒されたローズが動けずにいると、ブー・シーは後退し、出口を塞いで笑う。
「案ずるな、二人まとめてあの世に送ってやる。
黄泉で永遠に愛し合うがいい」
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