第37話 銃口を突きつけるのは

 息子は生きていた。

 そして孤児になって引き取られた。よりによって人殺しの組織に。小さい指が握り返してきた感触は忘れられない。あの手が血に染まっているなんて。罪に汚れているなんて。


 …取り戻さなければ…。


 ケルベロス・マスターは腰の銃に手をかける。陸に上がったら息子を返してもらおう。反対する者は何人でも─。

 少年は何かに気づいて横を向き、風のように走り出した。追いかけて廊下を見ると、宙を舞って敵の頭を蹴り飛ばした。

 足が、自由に動いている─。

 息子には重度の障害があった。難しい手術をすればなんとか歩行ぐらいなら可能だという状態だったのだ。

 素早く走り、攻撃まで出来るとなると。

「人違い、か…」


 ノンの足には、化学も医学も最高ランクのクレイジーフローズンによる最新技術が使われている。それ故に常人以上の動きを可能としているわけだが、ケルベロス・マスターがそれを知る由はない。

 よく似ていて、年齢も近いが、違う子だ。

 手が届きかけた希望を失った彼は、ぷつりと糸が切れたように心が死んだ。虚ろな肉体が、それでも銃を構えた敵の姿を視認する。

 ノンをかばうように、体を廊下に踊らせた。

 銃を構えた敵の額にまっすぐ毒針が突き刺さり、そのままグラリと後ろに倒れた。


「ご協力感謝するマスター。おかげで狙いやすかった」


 ナイフを投げたブー・シーは冷たい顔立ちに不敵な笑みを浮かべ、かたわらの少年はパァッとひまわりが咲くように笑った。

 死に損ねた男は、苦笑しながら言う。


「君の彼女はかっこいいな」

「へへ、そうでしょ!あげないからね!」


 +++


 ノン達と合流したメンバーは、身を隠しながら水平線に浮かぶ朝日を見つめた。追っ手から逃げるため朝一の船で元の街に帰ることが決まった。

 長い夜から解放された安心感から、ローズのお腹が切ない声で泣く。


「やだわ、わたくしったら」

「何か用意しましょう、皆様はここでお待ちを」


 ナインが周りを確認しながら道へ出て、そして、港から飛んできたカモメ達に目を奪われた瞬間。

 一発の銃声が響き渡った。

 倒れ込むナイン。遠く離れた場所で、ラビリンスのウイが、ふわふわ金髪を揺らして高笑いしていた。


「ナイン!しっかりして!嫌ぁ!!」


 傷口を抑えながら、ローズの腕の中でナインは何かを言おうとして、そして意識を失った。

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