第33話

 そこは、見るからに近寄りがたい雰囲気の場所。

 壁は大部分が変色し、無数の亀裂があり、その隙間をすり抜けるようにしてネズミが駆け回っている。

 あまり高さはないが広さは圧巻で、ビルが二十棟ほど入ってしまいそうである。

 だが予算不足によって工事は途中で中止が決定し、以降は誰も来なくなり、老朽化も進む一方だ。


(ここが日本魔獣の本拠地か)


 他のガードメンバー達と共に物陰へ隠れ、離れた位置から廃墟を眺めつつ、圭介は思った。


(しかしあの厳重な警戒……中へ入るだけでも一苦労だな)


 巨大な廃墟の近くにいるのは、数多くの魔獣。

 いずれも二足歩行形態で動き回り、鋭い目つきで周囲を警戒している。

 そして、どの紋章もまったく輝いていない。


(古参は全員廃墟の中……か)


 警備中の魔獣が本当に若手だけだとしても、数が多い。

 普通に正面から向かっていけば、激しく疲労することは確実。

 それでは突破できても、廃墟内の古参達と戦う力など残っていようはずがない。


(だから支部長と教官達は、樹海の時と違って攻略チームを二班に分けたのか)


 一口に廃墟攻略チームと言っても、全員が中へ入るするわけではない。

 外の若手を引き付け、そのまま倒す陽動部隊も存在している。

 突撃するのは日本支部の精鋭であり、そのメンバーの中には圭介と茜も入っているが雪彦はいない。

 これは、やむを得ないだろう。

 まだ雪彦は右肩の怪我が癒えたばかりで、本調子ではない。

 若手相手ならともかく、そんな状態で古参と戦うのは無理がある。


「……」


 少し残念だが圭介は素早く気持ちを切り替え、廃墟の数十メートル前方にある森林へ視線を向けた。

 もうすぐ若手魔獣達の注意を引くために、陽動部隊が正面から突っ込む時間だ。

 その隙に、圭介や茜を含む精鋭が中へ入っていくのである。


(頼んだぞ……みんな!)


 圭介が心の中で言った瞬間。

 森林の中から叫び声が聞こえてきた。


「全員、行け!」


 陽動部隊を指揮する教官の声だ。

 直後に、森林から飛び出して走るメンバー達。

 彼らに対する若手魔獣の反応は、素早い。

 全員が一瞬で構え、メンバー達めがけて駆け出したのだ。


「うおおおぉぉぉっ……!」

「はぁぁぁぁぁっ……!」


 雄叫びを上げながら、彼らは廃墟と森林の中間地点で激突し、戦い始めた。

 凄まじいまでの怒号や金属音が次々と響き渡り、空気が震える。

 そのような状況で、圭介達も動いた。

 戦闘中の若手魔獣に気づかれないよう、静かに廃墟へ接近していく。


(見つけたぞ……!)


 廃墟東側の壁に、人間が単独なら入れそうな隙間があるのを見つけた。


(あいつらから聞いた通りの位置だな)


 情報の裏を取るため廃墟へ赴いた七人に、圭介は内心で感謝した。

 すぐ中へ入ろうとするが、直後に少し動きを止め、視線を横へ向ける。

 見えるのは、陽動部隊が必死に若手魔獣軍団と戦う光景だ。 


(みんな……死なないでくれよ……!)


 半ば祈るように心の中で呟くと、圭介は精鋭達と共に廃墟内へ入っていった。



 ※※※



 それを、廃墟の屋上から静かに眺めている者がいた。

 シグだ。


(外で戦っている連中は、陽動だな)


 ガードメンバー達が、作戦も考えず正面から突っ込んでくるわけがない。

 そう思いながら、素早く全体へ視線を巡らせるシグ。

 すると程なくして、廃墟内へ入ろうとする者達を見つけた。

 それほど大勢というわけではなく、数十人程度だ。


(少数精鋭部隊で突撃し、一気に中の者達を倒すつもりか。確かに正面から強行突破するよりは良いかもしれん)


 南雲恭司の姿もある。

 他の者達からも強い力を感じるので、間違いなく厳選された精鋭だろう。


(そしてあれが……御堂圭介か)


 基地へ潜入させたスパイ達の活動によって、ガードメンバーの個人情報もほとんど頭に入っている。

 中でも、恭司以外にシグの興味を引いたのが圭介だ。


(南雲恭司に師事し、バルと意気投合していたという男)


 報告書を読んだ時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。

 魔獣と和睦できるならそうしたい、と考える人間が存在するとは思っていなかったからだ。

 バルこと藤堂省吾に影響を受けた部分もあるのだろうが、それでも特異な考え方と言える。


(戦わざるを得ない状況になったら戦うという性格も考慮すると、決して現実を知らぬ愚か者でもないようだ。魔獣達を一方的に悪と決め付けることができず、できれば和睦したいが襲ってくるなら戦うしかない。そんな気持ちなのだろう)


 人間が、生きるために動植物を食べる。

 魔獣の行為も同じ。

 生きるために人間を襲い、捕食しているのだ。

 もちろん、単に殺戮を楽しんでいるだけの個体も決して少なくはない。

 しかし人間の中にも、大した理由もなく動物の命を奪う者達がいる。


(人間も魔獣も本質的には大差ない存在。御堂圭介も、そう考えて和睦を望むようになったのだろうか)


 できれば魔獣と和睦したい。

 そう思っている人間が、省吾の一件でどれほど心を痛めたかは簡単に想像できる。


(バルが……人間と絆を結べた魔獣が死んだのだから……平気であるはずがない)

 

 それでも、圭介はガードメンバーとしての職務を放棄することなく、廃墟へ来た。

 果たして今どんな気持ちなのか、まだ和睦を諦めていないのか。

 知りたいと、シグは思った。


(現状では難しいが、会って話をしたいものだ)


 と、心の中で呟いてから、シグは仮面の下で苦笑した。


(私も……バルの影響を受けてしまったようだな)

 

 だが悪い気分ではない。

 そう思いながら、シグは廃墟の中へ戻っていった。

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