第22話
町の郊外にある古い廃墟。
入口は瓦礫で塞がれ、外壁には無数の亀裂が入り、今にも崩れそうな状態だ。
好んで訪れようとする人間など滅多にいないだろう。
その廃墟付近に、何者かがいた。
大きめのフードとマントで全身を覆い、仮面までかぶっているため、容姿や性別が判然としない。
「……」
何者かは無言で廃墟を見上げている。
やがて巨大な瓦礫に右手を伸ばし、掴んで持ち上げた。
凄まじい怪力だ。
しかし特別なことをしたという様子などまったく見せないまま、瓦礫を近くの地面めがけて放り投げる。
直後。
重いコンクリートの塊を受け止めた地面は、轟音と共に深々と陥没し、衝撃が廃墟全体を揺るがした。
「……」
仮面の何者かは少しも言葉を発さず、静かに廃墟へ入っていく。
壁や床は埃だらけで、不気味な静寂だけが周囲を支配している。
誰もいないとしか思えぬ場所だが、最深部の広間に一体の魔獣がいた。
二足歩行形態で椅子に座っている。
三メートル近い筋肉質の巨体と、拳の形に深く陥没した腹部が印象的。
両目を閉じていても隙がなく、巨大な鉄壁にも等しい威圧感を発している。
そして、額の紋章は光り輝く菱形。
「……」
不意に両目を開いて、無言で前方を見る魔獣。
その瞳は、闇の如き黒色だ。
「来たか……シグ」
魔獣が低い声で呟いた瞬間。
シグと呼ばれた何者かは静かに頭を下げ、言った。
「遅くなりました、ダズ様」
「構わん。日本支部の連中の目をごまかしてここまで来るのは、中々骨が折れるであろうからな」
ダズは無表情のまま、椅子から立たずに続けた。
「しかもお前は我の側近にして、日本支部へ潜入させた情報収集部隊のリーダーでもある」
古参魔獣の中には、諜報活動が得意な個体も存在する。
もちろん隠蔽工作もお手の物。
彼らは時間をかけて人間の姿に変形し、目的の場所へ潜り込み、必要な情報を集めて魔獣達へ流すのだ。
言うまでもなく、極めて重要な役目を担った部隊である。
「失うわけにはいかん。慎重に動くことはお前の長所の一つだ」
「ありがとうございます」
「それでシグよ。首尾はどうだ?」
「上々です」
どこか上機嫌な様子で報告するシグ。
「私達の工作により、樹海攻略のメンバーに南雲恭司が加わることを阻止。おかげで樹海にいた若手の全滅と引きかえに、大勢のメンバーに重傷を負わせることができました」
シグが言い終えた直後。
ダズは笑みを浮かべ、口を開いた。
「よくやったぞ、シグ。これでお前達もようやく安心して動けるわけだ」
「はい。大勢のメンバーが動けなくなった今、基地内の警備は以前と比べて大幅に手薄。情報収集も、教官やメンバー達の暗殺も実行しやすい状態となっています」
「厄介な勢力になりつつあったザジ派を犠牲しても、まったく惜しくない成果だな」
いかに強くとも、自信過剰で向こう見ずな上に勝手な行動ばかりする者など、集団にとって害悪。
捨て駒にしても問題はない。
ザジ派以外の若手は、樹海での戦いが始まる前に全て古参側につくことを承諾していたのだから、尚更だ。
「ええ。ですが基地襲撃の際にエドとリゾが南雲恭司に倒され、捕縛されてしまったのは予想外でした。全盛期ではない南雲恭司なら、あの二体だけでも勝てると思っていましたが、私の考えが甘かったようです」
「気にするな」
落ち込んだ様子のシグを励ますように、ダズは言った。
「南雲恭司は数十年前に我を苦戦させ、一生の傷をつけたほどの猛者。それでも老いには勝てぬと思い、大幅に弱体化しているだろうと判断した我も甘かった」
右手を上げ、自分の腹部に触れるダズ。
そこには、凄絶な打撃痕がはっきりと残っている。
「あの男の強さが健在と分かっただけでも収穫だ。それにエドとリゾは死んだわけではないのだろう?」
「はい。ダズ様の居場所を聞き出すために捕縛したそうですが、そんなことはさせません。既に救助のための手筈は整えています」
「さすがだな。しかし日本支部の連中も馬鹿ではない。魔獣が救助に来る可能性も考えているはずだ。失敗せぬよう十二分に注意し、決して油断するな」
「もちろんです」
力強い口調でシグは宣言した。
「強いのは南雲恭司だけではありません。彼抜きの日本支部メンバー達に、ザジが負けたのですからね」
「その通りだ。油断もあったろうが、それだけでザジが倒されるわけがない」
ザジは格下相手だと手を抜きがちな悪癖こそあるが、それでも勝ち続けてきた。
油断しただけで負ける程度の魔獣なら、若手最強などと呼ばれはしない。
「若手の大半は人間を見下しているが、その人間と数十年も争い続け、今日に至るまで決着をつけられずにいることを忘れるべきではない」
つまり数十年もかけて、いまだ人間社会を支配できていないわけだ。
それが現実である。
「人間達は侮れん。事実は事実と受け止め、油断せず戦うべきだ。それができずに敗れていった魔獣の何と多いことか」
己の強さに自信を持っている者ばかりだからだ。
それは、決して悪いことではない。
しかし度が過ぎれば相手を侮ることにつながり、敗北を招いてしまう。
「誰が相手でも油断しないという心構え……我が直々に説かねばならんかな」
言い終えるなり、ダズは目つきを鋭くした。
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