第21話
圭介は激痛に呻きながら、目を覚ました。
視界へ入ってきたのは白い天井。
つまり、外ではない。
背中の感触からして、どうやらベッドに横たわっているようだ。
「……」
天井を見つめると、次に彼は視線を右へ向けた。
かなりの大部屋。
無数のベッドが等間隔で並べられ、その全てに誰かが横たわっている。
いずれも肉体のどこかに包帯が巻かれ、重傷者なのは一目瞭然だ。
「基地の……医療用大部屋か」
「その通り」
左側から声が聞こえてきた。
雪彦だ。
圭介が視線を向けると、彼は椅子に座っていた。
上半身が剥き出しで、右肩から左腰まで何重にも包帯を巻いている。
「雪彦」
呟きながら起き上がろうとする圭介だが、直後に呻いた。
腹部に凄まじい痛みが走ったからだ。
表情を歪め、ベッドに横たわりながら彼は思った。
(ザジとの戦いでは……少しも痛くなかったのに)
アドレナリンの分泌によって、一時的に痛みを感じなくなっていただけのようだ。
そんなことを考えていると、雪彦が話しかけてきた。
「君は死ななかったのが不思議なほどの重傷を負ったんだ。しばらくは動かない方が身のためだよ」
その言葉を聞き、圭介はザジに刺された時のことを思い出した。
鋭い爪を神速で腹部に叩き込まれたのだから、確かに死んでもおかしくはなかっただろう。
「そして君ほどではないにしろ、他のメンバーも大半が危険な状態だ。あの場にいた数百人の内、軽傷で樹海を出られた奴は六十人前後だからね」
「他は全員が重傷者ってわけか」
「そういうこと。医師達は大忙しさ」
言って、雪彦は周囲を見た。
「さすがにここだけで全員は収容できなかったから、基地内の大部屋は全て開放されたそうだよ」
彼の言葉を聞きながら、周囲に視線を巡らせる圭介。
すると、茜の姿が見えないことに気づいた。
「茜は……?」
「他の大部屋にいるよ。彼女も重傷者だ」
雪彦が答えた瞬間。
顔を青ざめさせつつ、圭介は問いかけた。
「無事なのか……!?」
「ああ」
圭介を安心させるように、優しい表情で雪彦は言った。
「しばらく満足に動けないだろうが、命に別状はない」
「そ……そうか……良かった」
安堵の表情で呟くと、圭介は小さくため息をついた。
そんな彼に対し、雪彦は静かに告げる。
「むしろ君の傷の方が遥かに深刻だよ。医師の話によると、ザジの爪が偶然急所を外していたから何とか助かったらしい。運が良かったんだろうね」
「ザジか……あいつは一体どうなったんだ?」
圭介はザジよりも先に倒れ、意識を失ってしまった。
故にあの恐るべき怪物を倒せたかどうか、知らないのだ。
彼の問いかけに、雪彦は即答した。
「君が倒れた後、すぐザジも倒れて溶解したよ。三度目のパンチが致命傷になったみたいだ」
「つまり勝ったってことか……あまり実感が沸いてこないな」
本音だ。
ザジを倒せたのは、間違いなく運の要素が大きい。
「大人数で立ち向かっても互角にすら戦えなかった……とても実力で勝ったとは言えないな」
「まあ、ね」
雪彦は圭介の言葉を肯定した。
「どう考えてもザジは本気を出していなかった。僕と打ち合った時も、本気なら右肩を切り裂いたりせず首を刎ね飛ばしたろうよ。あれほど速く動けるならそれもできたのに、しなかった理由は一つ」
「手を抜いて遊んでいたから、だな」
「そうだね。彼が本気で戦っていれば、もっと凄まじい被害が出たはずだよ」
周囲の負傷者達を眺めながら、続ける雪彦。
「なのに、ガードのメンバー側は死傷者が一人も出ることなく戦いは終わった。ザジは自分の方が圧倒的に上と思い、手抜きしても勝てると考えたんだろうね。その驕りが敗北を招いたってことさ」
「そう……か」
「ザジも含め、樹海内にいた魔獣は全て倒した。奴らの大規模な侵攻は何とか阻止できたわけだ」
つまり、目的は達成できた。
数百体の魔獣軍団相手に、勝利したのだ。
「そして基地の防衛にも成功した」
「防衛?」
やはり魔獣の別働部隊がいて、基地を襲ったのか。
半ば反射的に圭介は問いかけた。
「俺達が樹海へ向かった後に、別の魔獣達が基地へやってきたのか?」
「そうらしい。しかも中には古参魔獣も複数いたんだとさ」
思わず圭介は絶句した。
若手よりも格段に強いとされる古参が複数。
つまり、ザジを遥かに上回る猛者が何体も襲ってきたということになる。
しかし基地は壊滅していないのだから、撃退できたのは確実だ。
そして誰が古参達を倒したのかは、考えるまでもない。
「そいつらを倒したのは南雲教官、か?」
「正解。南雲教官が二体の古参をまとめて倒して、生け捕りにしたそうだよ。魔獣の首領の居場所を聞き出すためにね」
さすがだ、と圭介は感心した。
単独で二体の古参魔獣を倒すなど、日本支部では恭司にしかできない。
(ザジ一体に終始圧倒されていた俺達とは……大違いだ)
そう思いつつ、彼は右手で拳を作って表情を歪めた。
恭司に比べ、あまりにも弱い自分に苛立っているのだ。
無論、それは圭介に限らず、ガードのメンバーの大半に共通する気持ちであろう。
(もっと……もっと強くならないと……!)
今のままでは恭司を超えるどころか、古参にも到底かなわないことは明白。
これまで以上に厳しい訓練を積み重ね、実力を向上させていかねばならない。
(完治したら……すぐ訓練だ)
決意し、今度は左手でも拳を作る圭介。
彼を静かに見据えながら、雪彦は両腕を組んで言った。
「二体の古参と共に襲撃してきた部隊は、基地内での戦いが激しくなる前に撤退したらしい。おそらくその二体が早々に倒されるなんて予想外だったんだろうね」
「撤退だと?」
「ああ。でも、そいつらは動きを見せていない。樹海での戦闘や基地襲撃から既に二日が経過したけど、その間に魔獣による被害はなかったんだ」
「古参がやられたことで、警戒を強めたってことか?」
「かもね。だから今までほど活発に動くことはないはずだよ」
そこまで言って立ち上がると、雪彦は少し間を置いて続けた。
「もちろん、無警戒な状態にしておくわけじゃないさ。現在行動可能なメンバー達が依頼に対応するし、定期的なパトロールもやる」
「……」
「だから今は彼らに任せて、治療に専念した方が良いよ。君は特に重傷で絶対安静の状態なんだからね」
確かに彼の言う通りだ。
今の圭介では、戦闘やパトロールなどできるわけがない。
ましてや訓練するなど論外。
しばらくは治療に専念するのが最善だろう。
「そう……だな」
圭介は神妙な表情で、雪彦の言葉を肯定した。
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