第23話

 翌日。

 恭司は鋭い目つきで周囲を見渡しながら、町中を歩いていた。

 パトロールだ。

 無造作に早足で歩いているだけに見えるが、隙は皆無で物音も立てていない。

 これだけでも、卓越した体術の持ち主ということを示している。


(近くにはいない……か)


 そして感知技術も驚異的だ。

 わずかな呼吸や物音も聞き逃さず、対象の位置を正確に特定して把握できる。

 当然ながら、感知可能な範囲や距離に限界こそあるものの、問題になるほど小規模ではない。


(魔獣の存在を少しも感じない……やはりこの間の敗戦が痛手だったのか?)


 樹海と基地。

 両方で発生した戦闘により、魔獣側の被害は甚大なものとなった。

 数百体の若手を失い、複数の古参を捕縛されたのだから、相当な痛手だろう。

 それ故に警戒を強めたということは十二分に考えられるのだが、恭司は少し違和感を覚えていた。


(メンバーの大半が重傷を負った今なら、魔獣も動きやすいはずだ。それなのに魔獣が積極的に動かない理由は、幾つか考えられる)


 失った戦力の補充を優先。

 あるいは、今の内に情報収集に専念しているのか。

 それともエドやリゾの救出をするために、静かに事を進めているか。

 いずれも可能性は低くない。

 魔獣が化けた可能性のある連中やエド達の監視は、信頼できる教官に任せているものの、不安でないと言えば嘘になる。


(パトロールを終えたら、すぐ基地へ戻って尋問を始めるか)


 もし本当に魔獣がエド達の救出を考えているのであれば、早く情報を聞き出した方が良い。

 喋る可能性は低いだろうが、それでもやる価値はある。

 そう思いながら歩き続ける恭司だが、唐突に目つきを鋭くし、近くの物陰へ神速で飛び込んだ。

 いるはずのない人物を見つけてしまったからだ。


(なぜ藤堂教官が外に……?)


 たった今、数十メートル前方の路地裏へ入っていった男性を、恭司は知っている。

 藤堂省吾。

 恭司と同じガード日本支部の教官であり、内勤業務の専門家だ。

 現役時代の大怪我が原因で右足が満足に動かなくなり、再起不能となってしまったことが、その主な理由らしい。

 さらに個室で寝泊りし、食事も基地内で済ませるため、滅多に外ヘは出ない人物である。


(しかもあの動き)


 奇妙な点は他にもある。

 省吾は極めて自然に両足を動かし、歩いていたのだ。

 とても片方が不具であるようには見えない。


(おかしいぞ……本当は健常者なのだとしたら、ごまかす理由は何もないはずだ)


 同じガードの一員として、魔獣と戦う仲間なのだ。

 再起不能を装い、周囲を欺く必要があるのだろうか。

 ない。


(尾行……するか)


 真意を確かめたい。

 そう思って物陰から出ると、恭司は少しも物音を立てず、存在感も完璧に消して省吾を追い始めた。



 ※※※



 同時刻。

 雪彦は左手に刀を持って、基地の中庭にいた。


「……」


 静かに周囲を見渡す雪彦。

 日本支部基地の中庭は広く、一面が緑の芝生で覆われ、中心には巨大な木がある。

 東西南北に様々な色の花が咲いており、非常に美しい光景と言えよう。

 ここは休憩所として利用されることが多いが、今は誰もいない。

 数多くのメンバーが重傷を負い、治療中でそれどころではないからだ。

 周囲に誰の姿も見えないことを確認すると、雪彦は左手だけで刀を構えた。

 今は右肩が動かせず、利き腕が使えないのだ。


「はぁっ!」


 気合と共に、彼は刀を超高速で縦横無尽に振り始めた。

 速い。

 疾風をも凌ぐほどに勢いがあり、鋭い風切り音が連続で周囲に響き渡った。

 並の魔獣では絶対に捉えられないであろう早業だ。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 やがて最後に一際気合を入れると、地面めがけて神速で刀を振り下ろし、激突寸前に止めた。

 切っ先は芝生に少しも触れていないことから、並の技量でないことは一目瞭然だ。


「問題はないみたいだね」


 満足そうに雪彦は呟いた。

 彼は右利きだが、左手も同じレベルで使える。

 どちらの腕でも刀を巧みに扱えるよう、自力で鍛えた結果だ。

 

「でも……まだ戦闘は無茶かな」


 雪彦の右肩は完治どころか、傷口を縫合したばかりなのだ。

 戦線復帰など論外である。


「そろそろ医療用の大部屋に戻らないといけないね」


 言って、基地内へ向かおうとした瞬間。

 雪彦は鋭い目つきで刀を構え、周囲を見渡した。

 先ほど確認した時と同じく、誰もいない。


(嫌な視線を感じたけど……気のせいだったのか……?)


 困惑しながらも、雪彦は冷や汗を流した。

 ある可能性に思い至ったためだ。


(メンバーの大半が戦闘不能状態になってしまった今なら、潜入した魔獣達も動きやすいし……諜報も暗殺も簡単……か)


 どれほど危険な状況かを理解し、彼は青ざめた。

 今の視線も、刺客のそれだとしたら非常にまずい。


(早く戻ろう……そしてみんなにこのことを知らせないと……!)


 そして、このまま単独行動していれば確実に自分が狙われる。

 彼は冷や汗の量を増やし、単なる考え過ぎで終わるなら良いと思いつつも、早足で基地内へ向かった。

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