第24話

  恭司は道を歩く人々に紛れ込み、数十メートルの距離を保ちながら、省吾の後を追っている。

 もちろん細心の注意を払った上で、だ。

 物音をまったく立てておらず、存在感も皆無に等しい。

 完璧な隠密行動技術だが、それでも恭司は不安を拭うことができずにいる。

 彼と同じく、省吾も感知に優れているからだ。


(この距離が限界……これ以上は近寄れないな)


 あまり接近すると省吾の警戒網に引っかかり、気づかれてしまう。

 それは何としても避けたい。


(先ほどからずっと一直線に歩いている、か)


 路地裏を抜け、今は大通りを歩く省吾の背中を眺めつつ、恭司は思った。

 このまま方向を変えずに進んでいけば、辿り着くのは採石場だ。

 事故が多発し、何人も死傷したことから十年前に封鎖され、今では立入禁止区域となっている。

 周囲は高い岩壁で覆われ、大小様々な石が無数に転がっており、視界も悪いという有様。

 決して好んで近寄りたい場所ではない。


(脇道や路地裏にも入ろうとしない……まさか本当に採石場へ入るつもりなのか?)


 一体何の用があるのだろうか。

 疑問を覚えつつ、恭司は尾行を続ける。

 相変わらず省吾は一直線に進み、次第に町の中心部から離れ始めた。

 時折警戒するように立ち止まって周囲を見渡すが、そのたびに恭司は素早い動きで身を隠し、やり過ごしている。

 町の中心部から離れようとも、建物が少数とは限らない。

 廃墟や空き家も含めれば意外に多く、隠れることは決して難しくないのだ。

 そうした建物を有効利用し、恭司は省吾を追いかけている。


(もう決定的だな。ここを抜けた先には採石場しかない)


 省吾の行き先は確定したが、まだ目的が分からない。

 まず考えられるのは、待ち合わせだ。

 わざわざ人目を避けるかのように立入禁止区域を選択しているのだから、ガードのメンバーに知られてはいけない相手なのだろう。


(嫌な予感が……する)


 できれば的中しないでほしいと思いながら、尾行を続ける恭司。

 やがて省吾は封鎖を強引に突破して採石場へ入り、近くに転がる岩へ腰掛け、腕時計を眺め始めた。


(思った通り待ち合わせか……相手は誰だ……?)


 心の中で呟いた直後。

 恭司は、少し離れた位置から誰かが近づいてくることに気づいた。


(私の方ではない。藤堂教官がいる方へ向かっているな)


 つまり省吾の待ち合わせ相手である。


(それにしても……恐ろしく静かな動きだ)


 常人どころか熟練のガードメンバーでも、感知は極めて難しいだろう。

 間違いなく、かなりの猛者だ。

 やがてそいつは、見つからないように身を潜めて警戒する恭司の視界内に、姿を見せた。

 全身をフードとマントで覆い隠し、不気味な仮面をかぶった異様な存在。


(何だ、こいつは……?)


 思わず唖然とする恭司だが、それでもまったく声を発さず、音も立てなかった。

 彼に気づいた様子もなく、仮面の何者かは静かに採石場の方向へ歩いていく。

 省吾がいる位置めがけて一直線に、だ。


「シグ様」


 そう言って岩から立ち上がると、省吾は静かに頭を下げた。


「お久しぶりです」

「ああ。無事で何よりだ、バル」


 シグは省吾の数メートル前方で立ち止まり、続けた。


「魔獣の中でもお前は私に次ぐ序列三位の実力者。それに加えて、私もダズ様もお前のことを気に入っているからな」

「ありがとうございます」

「うむ。さて、念のためにもう一度確認しておくが、準備は万全なのだな?」

「もちろんです。エドとリゾを助け出す手筈は完璧でございます」


 やはり魔獣は、エド達の救出を考えていたようだ。 

 そしてこの短い会話を聞き取るだけで、恭司は両者の力関係を悟った。


(あのシグとかいう仮面の奴が魔獣の序列二位……ダズに次ぐ立場ということか)


 そのシグに、バルと呼ばれた省吾は序列三位。

 つまり彼も高位魔獣なのだ。

 そう認識すると同時に恭司は、この上なく困惑した。


(藤堂……教官……!)


 藤堂省吾は同じ日本支部の教官として、十年以上も共に働いてきた仲間だ。

 休日に談笑し、仕事でお互いに助け合ったことも、幾度となくある。


(最初から……なのか……?)


 全て偽りだったのか。

 日本支部に潜入し、情報収集しやすくするための演技に過ぎなかったのか。


(藤堂……!)


 怒りと悲しみが入り混じった困惑の声を、心の中で発した直後。

 恭司は無意識に足元の石を蹴り、音を立ててしまった。


「!?」


 致命的なミス。

 青ざめる恭司の目に、こちらへ振り向くシグ達の姿が映った。


(撤退だ……報告しないと……!)


 省吾の正体やエド達の救出作戦について、報告しなければならない。

 恭司は一瞬たりとも迷うことなく廃墟から出ると、基地へ向かって走り始めた。

 シグ達が恐ろしい速さで追いかけてくるのが見えたが、争っている場合ではない。

 加えて、まだ恭司は省吾と戦う決心がついていないのだ。

 そんな状態で立ち向かっても、決して良い結果にはなるまい。

 何も言わず、神速で縦横無尽に駆けながら恭司は考えた。


(報告して……それからどうする……?)


 無論、エドとリゾの救出阻止は必ずやる。

 その際に来るであろう魔獣とも戦うが、その後が問題だ。


(バルを……藤堂教官を殺すのか……?)


 人間に化けて日本支部へ潜入し、様々な情報を得ていたと思われる魔獣。

 生かしておくわけにはいかない。

 他にも潜入しているであろう魔獣達について聞き出し、殺すべきだ。

 しかし、それは長い付き合いだった仲間を処刑する、ということでもある。

 そのような行為を合理的判断だけで割り切って実行できるほど、恭司は非情になれない。


(基地へ戻るまでに……決断しなければな)


 省吾が魔獣だということを知らせて処断するか否かを、だ。


「……」


 複雑な表情を浮かべながら、恭司は基地を目指して駆け続けた。

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