第12話
翌日。
圭介は早朝から町中を歩いていた。
依頼が何も入ってきておらず、やることが少ないのだ。
魔獣とて生物なので、毎日昼夜を問わず暴れ回っているわけではない。
ごく稀にだが、まったく人間を襲わない場合もある。
今日がまさにそれだ。
全国のどこからも、魔獣に襲撃されたという話が入ってこない。
だからと言って気が抜けるはずもなく、情報機関は休まず活動を続けているのだ。
それを少しでも手伝うため、圭介は町へ出た。
いつでも基地へ連絡できるように小型無線機を襟元へ装着し、驚異的な五感を研ぎ澄ませ、周囲の様子を注意深く探りながら歩いているのだ。
(いない……な)
恭司には及ばないが、圭介の感知技術も優れている方だ。
相手が常人や並の魔獣であれば、隠れていても即座に存在を見抜ける。
(少なくともこの周辺には潜んでいないってことか……いや、そう判断するのは早計だな)
ドルやレツのような強豪や、古参の存在は感知できていないかもしれない。
だから圭介は少しも気を抜かず、鋭い目つきで歩き続ける。
(この町は森も多いし、隠密行動しやすい環境。どこに魔獣が隠れていてもおかしくはない)
日本支部の基地が存在する町なのに、魔獣の被害が少なくない理由がそれだ。
森の中から残像を伴うほどの高速で不意打ちされれば、ガードのメンバーであっても危険。
常人では反応することもできずに殺されてしまう。
故に日本支部への連絡が遅れる場合も多く、被害を抑えた上での討伐は非常に難しいというのが現状である。
(森の近くを徹底的に探ろう)
そう思い、住宅街から少し離れた位置の森を見た直後。
圭介は凄まじい速さで動き、近くの物陰へ隠れた。
(魔獣……!)
数十メートル前方にある森の中で、魔獣が歩いている姿を目撃したのだ。
巧妙に物陰へ隠れたまま、それを観察する圭介。
(町とは違う方角へ向かっているな……どこへ行く気だ?)
疑問を覚えつつ、圭介は小型無線機で基地へ連絡。
魔獣発見の報告をし、これから尾行開始することを告げると、彼は動いた。
巧みに遮蔽物の裏へ姿を隠しながら、慎重に後を追っていく。
(あいつ……警戒心が薄いな)
森の中の魔獣には、周囲を気にしている様子がないのだ。
無防備に歩いている。
(もしくは、そう見せかけて誘っているのか……?)
どちらの可能性も低くはないと言える。
警戒心が薄いと見せかけて尾行者を油断させ、不意打ちを仕掛ける、ということも十二分にありえるのだ。
(二重尾行の可能性も……あるからな)
森の魔獣だけに注目していたのでは隙だらけである。
己が誰かに追われることも、想定しておかねばならないのだ。
故に圭介は気を抜かず、自分も尾行を警戒しながら動いている。
物陰へ隠れ、少しも足音を立てずに魔獣を追っていると、やがて広大な樹海の近辺へ辿り着いた。
(樹海か)
地元でも有名だが、今は誰も入れない場所である。
野生の獣が多く潜み、高い木々が生い茂り、誰もが方向を見失って迷う複雑な構造だからだ。
興味本位で探索へ行った結果、後に死体で発見された例まである。
迂闊に手を出すのも危険なので、周辺は厳重に封鎖され、立入禁止区域となったのだ。
(人里からは離れていく一方……魔獣の目的は樹海にあると見て、間違いないな)
しかし樹海で何をするつもりなのか。
そんなことを考えながら、魔獣が入っていった方向を見据える圭介。
しばらくすると、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。
(なっ……!?)
思わず、悲鳴を上げてしまいそうになった。
樹海の奥に、数え切れないほど多くの魔獣が潜んでいたからだ。
どんなに少なく見積もっても、確実に百体以上いる。
距離があるためによく聞こえないが、何か言葉のやり取りをしているようだ。
大規模な襲撃の計画でも練っているのだろうか。
(どうする……踏み込むか……?)
心の中で呟くが、すぐに思い直した。
こちらは一人に対して、魔獣達は百体以上おり、勝ち目がないことは明白。
踏み込んだところで数に押し切られ、なぶり殺しにされるだけだ。
この状況で手を出すのは無謀としか言えない。
(連絡しよう)
突撃しても無駄死にするだけだ。
ここは一旦報告した上で帰還し、今度の対策を練る必要があるだろう。
決断すると、圭介は小型無線機で基地へ連絡。
樹海に大多数の魔獣が潜んでいることを報告し終えるや否や、急いでその場から去った。
常人では捉えられない速さで、巧みに障害物を避けながら走っていく。
やがて遠く離れた場所にある公園へ入ると、ようやく圭介は一息ついた。
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