第13話

 同じ頃。

 茜は個室のベッドに座り込み、右手で小型刃物を構えていた。

 視線の先には、コンクリートの壁に取り付けられた丸い的がある。


「……」


 気合を入れることもなく、無言で右腕を振る茜。

 小型刃物は神速で空間に流麗な直線を描き、正確に的の中心へ突き刺さった。

 一ミリのずれもない。

 それを確認すると茜はベッドから立ち上がり、小型刃物を抜いて思った。


(問題なし)


 彼女は左右どちらの手でも、同じ精度を発揮できるよう訓練を繰り返してきた。

 結果が、今の正確無比な投擲だ。


(まずいのは……両手で交互に投げることができない点)


 左が使えないため、右だけで投げなければならない。

 確実に手数が減ってしまうのだ。

 左腕の怪我が完治しない限り、どうすることもできないだろう。


(しばらくは圭介さんや雪彦さんの後方援護に徹するしかない……ですかね)


 前線で戦うことも、できなくはない。

 しかし手数の減ってしまった今の自分がそれをやれば、足手まといになる可能性も高い。

 後方から投擲を繰り返し、魔獣の牽制に専念した方がよほど良いだろう。


(怪我が完治するまで何もせずに休んでいるなどということは、できません。私達は今、とても危険な状況なのですから)


 ドルとレツの一件から、古参魔獣が基地の近くに潜んでいる可能性は、決して低くないことが分かる。

 どれだけ戦力があっても気を抜けない状況。

 だから休んでなどいられない、というのが茜の結論である。


(しかし圭介さんと雪彦さんは……反対するでしょうね)


 昨日は訓練することさえ反対された。

 戦闘への参加など許可してくれるわけがない。


(どうやって説得しましょうか)


 茜が心の中で呟き、複雑な表情を浮かべた直後。

 廊下が騒がしいことに気づいた。

 叫び声や走る音が何度も聞こえてくる。


(いけませんね……思考に没頭し過ぎて、こんな大騒ぎに気づかなかったなんて)


 自分の迂闊さに内心で舌打ちしつつ、茜はドアを開ける。

 すると、予想以上に多くのメンバーが廊下を走り、東側へ向かっていた。

 中には隅の方へ集まって、深刻な顔で話し合っている者達もいる。

 どう見ても尋常な事態ではない。


(一体何が……!?)


 茜は即座に真剣な表情となり、最も近い位置にいる女性へ話しかけた。


「あの……何があったんですか?」

「魔獣の集団よ……!」


 話しかけられた女性は静かに茜へ顔を向け、冷や汗を流しながら答えた。


「数キロ北にある樹海で数百体の魔獣が目撃されたらしいの。作戦会議と討伐隊編成をおこなうために、メンバー全員が集会所へ呼び出されたわ……!」

「っ……!?」


 思わず茜は両目を見開き、絶句した。

 緊急事態以外の何物でもない。

 おそらくメンバーの大半が討伐へ赴くことになるだろう。


「私達も行くわよ……!」


 その言葉に頷くと、茜は女性と共に駆け出した。

 基地の廊下は縦に長く、横幅も広い。

 一度に大勢の人間が走っていようと、ぶつかる心配はほとんどない。

 この時も、茜は誰かに当たったりすることなく集会所まで到着。

 広い空間に数多くのメンバーが集まっており、見覚えのない者達も数人いた。


(少しぎこちない動き……彼らは新人ですね)


 メンバーになったばかりの新人まで加えなければならないほど、事態は差し迫っているのである。


(しかし魔獣討伐ばかりに集中するわけにもいきません。全メンバーを出撃させれば基地が無防備になり、その間に魔獣の別働部隊が基地を強襲する可能性も低くありませんし)


 それは支部長や教官達も想定しているはずだ。

 故に全員を出撃させることは決してないと断言できる。


(果たして誰が出て……誰が残るのか)


 茜がそんなことを考えていると、不意に背後から声が聞こえてきた。


「茜ちゃん」


 雪彦の声だ。

 素早く反応し、振り向く茜。

 そして視線の数メートル前方には、予想通りの人物がいた。


「雪彦さん……!」

「もしかしたらと思っていたけど……やはり来たんだね」


 完治するまで茜が大人しくしているとは、最初から思っていなかったのだろう。

 雪彦は複雑な表情を浮かべながらも、どこか納得している様子だ。


「どの道この状況じゃ、基地の中にいようが外にいようが大して変わらないだろうから、戦闘に参加するなとは言わない。だけど前線へ出たりせずに、僕や圭介の援護に徹してもらうよ」


 言われずとも分かっている。

 頷いて了承の意を示すと、茜は周囲を見渡しながら口を開いた。


「ところで……圭介さんは……?」


 ほとんどのメンバーが集まってきているのに、圭介の姿が見当たらない。

 何かあったのだろうか。

 心配で青ざめる茜に対し、雪彦は即答した。


「大丈夫だよ。あいつならもうすぐ帰ってくる」

「帰ってくるって……こんな朝早くからどこかへ行っていたんですか?」

「パトロールに行っていたらしい。樹海に大勢の魔獣が集まっているという報告してきたのも圭介さ」

「圭介さんが!?」


 半ば反射的に茜は叫んだ。

 本当に圭介は大丈夫なのか、魔獣に追われたりしていないか。

 次々と心配事が頭に浮かんでくる。

 そんな彼女を安心させようとするように、雪彦は穏やかな口調で言った。


「だから大丈夫だって。圭介の実力は君が一番よく知っているだろう?」

「……」


 何年も一緒にやってきたのだ。

 知らないはずがない。


(そうですね……圭介さんなら)


 無事に帰ってくる、と信じようと思った直後。

 一人の男性が、奥のステージ上に立っていることに気づいた。

 支部長だ。


(始まるようですね)


 周囲のメンバー達も気づいたらしい。

 話し声がおさまっていき、数秒で集会所全体が静かになる。

 それを見ると、支部長は口を開いた。


「前置きは抜きにしてさっそく本題に入らせてもらうぞ。もう既に聞いているだろうが、数キロ北の樹海に大勢の魔獣が集まっていることが確認された。無論、このまま放置しておくつもりはない。民間の犠牲者が出る前に奴らを食い止めねばならん」


 そこで支部長は少し間を置き、続けた。


「だが樹海での戦闘中に基地が襲撃される可能性もあるため、全員を出撃させるわけにはいかない。故にメンバーを、これから樹海攻略チームと基地防衛チームとに振り分ける。名前を呼ばれたら返事しろ」


 直後。

 メンバー達は次々と名前を呼ばれ、二つのチームに分けられ始めた。

 集会所内に支部長の声と、それに対しての返事が立て続けに響き渡る。


(私や圭介さん、雪彦さんは……どちらになるんでしょうか)


 樹海攻略と基地防衛。

 どちらに振り分けられても、かなり厳しい戦いを強いられるだろう。

 そんなことを考えつつ、茜は名前を呼ばれるのを待った。

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