第11話

 それから数時間後。

 圭介は雪彦と共に、基地の訓練部屋へ来ていた。

 もちろん、今から模擬戦をするつもりはない。

 雪彦の右足は問題なく動いているが、決して完治したわけではないのだ。

 無茶をすれば傷口が開くだろう。


「誰もいないな……まあ、時間帯を考えれば当然か」


 周囲を見渡しながら圭介は言った。

 普段なら多くの利用者がいるが、今この場には彼と雪彦の二人しかいない。

 既に真夜中で、日付が変わる寸前だからだ。

 この時間帯なら、メンバーの半分は基地内外の巡回や警備をしている。

 残りの人間は寝ているか、討伐依頼を遂行中かのどちらかだ。


「茜もここへ来たがっていたが、さすがにあんな状態で訓練させるわけにはいかないよな」


 彼女の怪我は圭介や雪彦よりも深刻。

 なので、早めに休ませたのだ。


「あそこだ」

「分かっているよ」


 会話しながら中央へ向かう二人。

 やがて彼らは、太い鉄柱の前方で立ち止まった。

 床にしっかり打ち込まれており、表面には『訓練用』と刻まれている。

 高さは約二メートル、直径は五十センチ前後。

 武器の使い手達のために用意された物だ。


「……」


 雪彦は真剣な表情で静かに刀を抜き、構える。


「はっ!」


 気合と共に、彼は刀を斜め上から凄まじい速さで振り下ろした。

 鋭い刃が猛烈な勢いで鉄柱を切り裂き、床へ激突する寸前で停止。

 間を置かずに雪彦は刀を引き戻し、再び構えた。

 直後。

 鉄柱の上半分が床へ滑り落ち、轟音と共に部屋が小さく揺れ、コンクリートに亀裂が入った。


「どうだい、圭介?」

「何も問題ない」


 圭介は鉄柱の状態を確認しながら、雪彦の問いに答えた。

 実際に見ていなければ、刀で断ち割ったとは誰も思わないだろう。

 それほどに鮮やかな切断面だ。


「相変わらず大した腕だな、雪彦」


 本音である。

 疾風のような速さと、鋼鉄をも簡単に切り裂く鋭さを兼ね備えた斬撃は脅威としか言えない。


「いや、以前よりも少し上達したか?」

「訓練は怠っていないからね」


 雪彦は笑みを浮かべるが、すぐに真剣な表情へ戻った。


「だけどまだまだ、さ。これからもっと上達していかなきゃいけない……!」


 言うや否や、彼は刀を縦横無尽に振り回し始めた。

 無数の残像を伴うほどに速く、鋭い風切り音が立て続けに響き渡る。

 凄まじいまでの連撃だ。

 それが発生させる風圧を浴びながら、圭介は思った。


(お前の言う通りだよ。俺達は今よりもっと強くならなければ……!)


 このままで次も勝てるとは思っていない。

 強くなれなければ、死ぬだけだ。


「……」


 圭介は雪彦が素振りしている位置から無言で離れ、部屋の南端へ向かった。

 そこにピッチチングマシンがあるのだ。

 人間の代わりにボールを投げる機械で、本来は野球などの打撃練習に使われる物。

 しかしここでは、動体視力や反応速度を鍛えるために用いられている。


(相手の動きに……もっと素早く的確に反応できるようにならないとな)


 圭介はドルの超高速移動を何とか目で捉えていたが、肉体の反応がまったく追いつかなかった。

 音と気配に意識を集中させることで、何とか先読みに成功したものの、次もうまくいくとは限らない。


(動体視力、反応速度、先読み技術などの訓練は急務だ)


 そんなことを考えながら歩き続ける圭介。

 やがてピッチングマシンの前まで辿り着くと、機械を操作して訓練を始めた。



 ※※※



 真夜中の廃墟。

 暗く不気味な建物の中に、二体の魔獣がいた。

 エドとリゾだ。


「日本で今も生き残っている若手魔獣の半数は、服従を誓いました」


 報告しながら、リゾは正面にいるエドを見た。

 真夜中で周囲に光源がなくとも、魔獣の五感であれば問題ない。

 どこに何があるのか、正確に捉えることも簡単だ。


「つまり三百体の若手が、我ら古参に従うことを承諾したわけですな」


 休むことなく各地を駆け回り、若手魔獣を次々と叩きのめしてきた結果である。

 かなりの功績と言えるだろう。

 エドもリゾの報告を聞き、感心するように頷いて呟いた。


「さすがだな、リゾ。礼を言う」

「ありがとうございます」


 誇らしげに呟き、頭を下げるリゾだが、直後に表情を曇らせた。


「ですが、一つ大きな問題があります」

「ザジ……か」


 エドが呟くと、リゾは即座に頷いて肯定した。

 ザジとは、若手最強とされる魔獣の名前だ。

 五感、身体能力、戦闘技術の全てが圧倒的に優れた猛者である。


「残る半分の若手が、ザジを中心とする巨大なグループを作り上げて、我らの指示に従うことを拒否しています」

「理由は何か、言っていたか?」

「はい。縛られることなく自由に生きたいから、だそうです」


 それを聞くなり、忌々しげな表情を浮かべるエド。

 怒りをぶつけるように爪で床を削りながら、彼は言った。


「あの馬鹿共めが……古参達が何のために人間と同じ姿になって、日本支部の基地に潜入したのかが分からんのか」


 基地内部構造やメンバーについての詳しい情報を可能な限り収集し、勝率を高めてから総攻撃を仕掛ける。

 それが古参達の計画だ。


「魔獣に肉体変形能力があることを人間に知られて、日本支部のメンバーの警戒心を刺激し、情報収集に支障を来たすことになったのも若手達の馬鹿な行動のせいだ」

「情報を集められるだけ集めてから仕掛ける。それまでは待機しろと命じても、あの連中は耳を貸そうとしませんからね」


 自信過剰で向こう見ずな上に命令拒否までするザジ派は、非常に厄介な存在だ。

 総攻撃を仕掛ける際の戦力でもあるので、全員粛清するわけにもいかない。

 彼らは古参達にとって、大きな障害となりつつある。


「これは……計画を一部修正する必要があるな」

「修正、と言いますと?」


 問いかけるリゾだが、内容の検討はついている。

 それを察したのか、エドは口元に笑みを浮かべて答えた。


「もう分かっているだろう。ザジ派を、奴らの望み通り暴れさせるのだ。できるだけ派手にな」

「そうすれば当然ながらガードも動く。数百体の若手魔獣が相手となると、日本支部もメンバーの大半を討伐に向かわせざるを得ないでしょう。その間、基地は無防備に等しくなる」

「そしてがら空きになった基地を、潜入グループと我らが内外から襲撃して制圧するというわけだ」


 ザジ派が勝とうが負けようが関係ない。

 基地制圧までの時間稼ぎに過ぎないのだから。

 つまり捨て駒だが、粛清で無意味に戦力を減らしてしまうよりは良い。


「ですがおそらく、一部の教官やメンバーは残るでしょう。問題は基地に残った奴らを私達だけで全員撃破できるかどうか、ですね」

「できる」


 エドは力強い眼光をリゾに浴びせ、断言した。


「潜入グループからの情報では、古参の上位魔獣を単独で倒せるほど強い教官は一人しかいないそうだ」

「南雲恭司……ですね」

「ああ。そいつ以外の教官も確かに強いが、古参には少し及ばないらしい」


 つまり単独では、古参下位のリゾを倒せるかどうかも怪しいということだ。


「最大限警戒して複数で挑むべき相手は南雲恭司のみ。他の教官は油断さえしなければ問題ない。教官以外のメンバーなどは論外だ」

「南雲恭司がザジ派討伐に参加するか否かで、基地制圧の難易度が大きく変わるということですね」


 リゾの言葉にエドは頷き、肯定した。

 恭司がザジ派の討伐に参加し、基地を離れてくれるのが最善だが、襲撃を警戒して残れば恐るべき脅威となる。


「たった一人の人間の動きが、ここまで作戦に影響するとは……歯がゆいですね」

「まったくだ」


 会話しながら、エドとリゾは不愉快そうに渋い表情を浮かべた。

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