第10話

 ガードのメンバーは確かに驚異的な身体能力と五感を備え、卓越した戦闘技術を身につけている。

 しかし、それは過酷という表現さえ生ぬるいほどの訓練と実戦を繰り返した結果である。

 決して人間を超越した存在ではなく、並外れた再生能力の類を持っていようはずがない。

 傷つき過ぎれば倒れ、現代医学での治療を必要とする。

 どれほど強くなってもそれは変わらないのだ。

 今回も日本支部の医療機関で、メンバーの一人が怪我の手当てを受けた。

 茜だ。

 左腕に包帯が巻かれ、肩をギプスで固定され、椅子に座り込んでいる。


「ここまで手こずるとは……思っていませんでした」


 左の肩と腕を見ながら、茜は複雑な表情で呟いた。


「やはり魔獣は侮れない存在……鍛え直さなければいけませんね」

「確かにそうだな」


 茜の前方に立ち、心配そうに言ったのは圭介だ。


「だが今は治療に専念してくれ。その怪我で訓練なんて無茶な話だぞ」

「ええ……確かにそうですけど」


 同意の言葉を発する茜だが、本当は今すぐにでも訓練部屋へ直行したいのだろう。

 表情を見れば明白だ。


「焦る気持ちは分かるけどな」


 言うなり、森での死闘を思い返す圭介。

 ドルとレツは今まで戦ってきた魔獣達よりも、遥かに強かった。

 勝てたのは運の要素も大きく、殺されていてもおかしくなかったと圭介は確信している。

 茜も同じであろう。

 あの二体は戦う前から疲労しており、こちらが有利な状況だったのに、だ。

 実力不足を痛感し、一刻も早く強くなりたいという気持ちが表情に出てしまっても仕方ない。


「ドルとレツの強さは本物だった。おまけにその二体を叩きのめし、疲労させた奴があの森にいたわけだ」

「リゾ……ですね?」


 茜の言葉に、圭介は小さく頷いた。


「リゾを相手にするよりはマシだと、あの二体は言っていた。少なくとも魔獣に顔と名前を知られている奴ってことは確かだな」


 言い方からして、リゾが格上の存在であることを最初から分かっていたようだ。


「そして日本支部にそんな名前のメンバーはいない。海外から派遣されてきたという連絡もない。こうなると、リゾの正体は察しがつく」

「魔獣ですね……しかもおそらく古参の」

「ああ」


 もちろん推測に過ぎないが、可能性は低くないだろう。

 あれほど強い魔獣達を恐れさせ、撤退に追い込むなど尋常な実力ではない。


「順当に考えれば古参。もし違うなら、古参に極めて近い若手だろうな」

「どちらにせよ、今のままの実力では到底かなわないことは確か……ですね」


 茜は右手で拳を作り、呟いた。


「投擲は片手でも」


 彼女が言いかけた瞬間。

 唐突に男性の声が聞こえてきた。


「片手でも可能だから訓練に付き合ってください、なんてこと言わないでくれよ、茜ちゃん」


 入口からだ。

 圭介と茜が同時に視線を向けると、ドア近辺に一人の青年が立っていた。

 年齢は二十歳前後。

 肩まで届く長い黒髪や、高貴な顔立ちが印象的である。

 圭介に比べると少し細身ではあるが、それでも決して華奢ではない。

 洗練された黒い服を身に着け、左腰には鞘に入った刀を吊るしている。

 立ち姿に隙は皆無だ。


「雪彦」

「雪彦さん」


 二人に名前を呼ばれ、青年は優しげな笑みを浮かべた。

 高月雪彦。

 彼もガード日本支部のメンバーであり、圭介や茜とは同期だ。


「お前がここへ来るなんて珍しいな」


 不思議そうな表情で圭介は言った。

 雪彦は分厚い鋼鉄を簡単に切り裂くほどの達人で、回避の技術も並外れている。

 そのため大怪我をすることは滅多になく、基本的に医療機関とは縁がない人間だ。


「君と茜ちゃんが負傷したと聞いてね。心配になって様子を見に来たのさ」


 そこまで言うと、雪彦は真剣な表情になって続けた。


「だけど用事は、それだけじゃない。ある提案をしに来たんだ。僕達三人でチームを組まないか、という提案をね」


 これは特に珍しくもない。

 基本的にガードのメンバーは数人で組み、魔獣討伐へ赴くからだ。

 無論、雪彦のように単独で行動する者もいないわけではない。

 しかしそれを続けるためには、圧倒的な実力を持つことが必須条件。

 ほとんどの者は途中で諦めてしまい、他のメンバーと手を組もうとするのだ。


「一人での活動に限界を感じたのか?」

「まあね」


 圭介の質問に対し、雪彦は即答した。


「三日前、討伐対象の魔獣に殺されかけたんだよ。何とか勝ったけど、この有様さ」


 そう言って、彼は静かにズボンの裾を上げた。

 右足首から膝までの部分に、包帯が何重も巻かれている。

 重傷であることは一目瞭然。


「下手すると片足を奪われていた……それぐらいに苦戦したんだ」

「お前ほどの達人が、そんな怪我をするとはな」


 圭介は背筋が凍るような気持ちで呟いた。

 雪彦の強さを知っているからこそ、彼が片足を失いかけるほどの重傷を負ったことが信じられないのだ。

 おそらく茜も同じだろう。

 不意に視線を向けると、彼女は冷や汗を流していた。


「これは……私の推測なんですけど」


 左腕に触れながら、茜は言った。


「魔獣達が少しずつ強くなっているということもあるでしょう。しかし単純に、弱い部類に入る魔獣の大半が倒されてしまったため、強い魔獣が残ったとは考えられないでしょうか?」

「それは、ありえるかも」


 と、雪彦。

 圭介も頷いて同意し、呟いた。


「俺と茜が戦ったドルやレツも、並の魔獣など比較にならない実力だった。強いが故に生き残っていたと考えれば、それも分かる」

「確かにね。これからは今まで以上に、気を引き締めて戦わなければいけないってわけだ」


 もちろん、今までが楽だったわけではない。

 油断すれば間違いなく死んでいた。

 しかし逆に言えば、気を抜かない限りは負けない程度の戦いだったということでもあるのだ。

 これからは違う。

 互角、もしくは格上の相手ばかりが出てくる可能性が高いのだ。


「だから君達とチームを組みたいんだよ。悪い話じゃないだろう?」

「ああ」


 断る理由は何もない。

 圭介は意見を求めるように茜を見るが、彼女は即座に頷いて立ち上がった。

 決まりだ。


「組もう。これからよろしく」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 会話を終えると同時に右腕を伸ばし、重ねる三人。

 こうして圭介、茜、雪彦のチームが成立した。

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