第17話

 やがて辿り着いたのは、開けた円形空間だ。

 広さは直径三百メートル前後。

 草こそ大量に生い茂っているが、木は一本もない。

 樹海の中とは思えないほど、見通しが良い場所である。

 そのため、わざわざ感知に集中するまでもなく、中心部に大勢の魔獣がいることにも気づいた。


(多いな。樹海内で生き残っている全ての魔獣が逃げてきたのか……?)


 逃げ込んだにしては魔獣達の様子が変だ。

 まったく焦っていないことが気になる。


(それに、先頭にいる六角形の紋章の魔獣)


 既に肉体変形しており、二本の足で立っている。

 しかし圭介が注目したのは、別のことだ。


(あいつだけ他の奴らと明確に違う……!)


 他の魔獣よりも遥かに強烈な威圧感を発しており、ドルやレツと比べても圧倒的に上だ。

 間違いなくリーダーであろう。


(先ほどの絶叫も、あいつの仕業ってことか)


 恐ろしい強豪ということは確実。

 そんなことを考えていると、遠くから大勢の人間が次々とこの場へ入ってくる光景が見えた。

 無論、ガード所属のメンバー達だ。


(もしかしたらとは思っていたが……やはり俺達は誘い込まれたか……!)


 この状況で、まだ魔獣達が酷く落ち着いていることが、それを裏付けている。

 広場のどこかに、罠でも仕掛けられているのだろうか。

 それとも、この開けた場所で一気に決着をつける気なのか。

 様々な可能性を考える圭介の目に、信じられない光景が飛び込んできた。


(なっ!?)


 圭介は思わず目を見開き、驚愕した。

 六角形の紋章の魔獣が、こちらへ歩み寄り始めたからだ。


(まさか単独で俺達と戦う気か……!?)


 いかに強かろうとも、精鋭数百人を相手に単独で戦うなど無謀ではないだろうか。

 圭介だけでなく、他のメンバー達も同じように考えているようだ。

 近くから困惑混じりのざわめきが聞こえてくる。


(だが、それができるだけの力量は……確かにあるようだ)


 相手の実力が分からないほど未熟ではない。

 遠くから見ているだけでも冷や汗が流れ、恐怖で全身が震えてしまう。

 こんなことは初めてだが、それでも圭介は逃げ出すことなく構えた。

 それは他のメンバー達も同じだ。

 誰もが冷や汗を流しているが、逃亡しようとする者など一人もいない。


「ほう……?」


 彼らの様子を見て、魔獣は感心するような口調で言った。


「肉体のみならず、精神的にも強靭らしいな。このザジの魔獣軍団を、ここまで手こずらせただけのことはある」


 足を止め、両手を構えながら続けるザジ。


「これ以上軍団の数を減らされるわけにはいかん。俺が直々にお前らを皆殺しにしてやる……!」


 言い終えると同時にザジは素早く動いた。

 一瞬で距離を詰め、最も近い位置にいたメンバーの胸倉を掴み、片手で軽々と持ち上げる。

 それから少しも間を置かずに振りかぶり、投げた。

 鍛えられた肉体は猛烈なまでの勢いで宙を舞い、直線上のメンバー十数人を次々と吹っ飛ばし、地面に落ちてようやく止まった。

 誰も起き上がってこない。

 どうやら激突の際の衝撃で、全員気絶したようだ。


「くっ……!」


 怯みながらも、数人のメンバーがザジめがけて駆け出した。

 常人とは比べ物にならない速さで一気に距離を詰め、襲いかかる。

 しかし直後に肉を切り裂く音が鳴り、血煙が上がった。

 ザジが両手を凄まじい勢いで振り回し、鋭い爪で瞬時に数人のメンバーを切り裂いたのだ。


「がっ……!」

「うぁっ……!」


 彼らは傷口から出血して、呻き声と共に膝をついた。

 致命傷は受けていないようだが、すぐに動けるほど軽い怪我でもないらしい。

 立ち上がれずにいるメンバー達に、ザジがとどめを刺そうとした瞬間。

 圭介は素早い動きで彼の側面へと回り込み、パンチを繰り出した。

 速さと重さを兼ね備えた正確な打撃が、空間に直線を描いてザジの脇腹へ向かう。

 だが、そこまでは届かなかった。

 その前にザジが左掌で、圭介の拳を難なく受け止めたからだ。

 響き渡る打撃音。


「良いパンチだ」


 感心したように言うと、ザジは右拳で腹部を狙ってきた。

 圭介は咄嗟に回避しようとするも、パンチが速すぎて間に合わない。

 右拳が疾風以上の勢いで腹部へめり込み、爆発のような轟音が周囲に鳴り響いた。

 恐ろしい衝撃が体内に浸透し、今まで経験したことのない激痛が走る。


「がはっ……!」


 呻き声と共に大量の鮮血を吐き出しながら、圭介は数十メートルも吹っ飛んだ。

 そのまま、猛烈な勢いで地面に激突。

 轟音と共に大量の土砂や草が巻き上がり、圭介に降りそそいだ。


「圭介……!」

「圭介さん……!」


 雪彦と茜の叫びが聞こえた。

 すぐさま立ち上がろうとする圭介だが、凄まじい激痛に顔をしかめ、途中で動きを止めてしまう。


「うぅっ……げぇ……!」


 上半身を前へ倒し、吐血する圭介。

 量は決して少なくない。

 鮮血をぶちまけられた地面が、赤く染まっていく。


(何て重い一撃だ……!)


 もし咄嗟に回避しようとしていなかったら、あるいは拳でなく鋭い爪で攻撃されていれば、確実に致命傷を受けていただろう。

 そう悟り、歯噛みしながらも圭介は顔を上げた。

 直後に聞こえてくる絶叫。

 ガードのメンバー達がザジに向かって駆け出したのだ。


「うぉぉぉっ!」


 最初に仕掛けたのは雪彦。

 神速の斬撃が空間に流麗な弧を描きながら、正確にザジの首筋へ迫る。

 そして茜も、ほぼ同時に小型刃物を投げていた。

 鋭いナイフが雪彦の斬撃に劣らぬ速さで、正確にザジの脇腹めがけて飛んでいく。

 どちらも並の魔獣では、回避どころか反応することもできないだろう。

 しかしザジは左拳で簡単にナイフを叩き落としつつ、素早く屈み込んで雪彦の刀を回避した。

 驚異的な動体視力と反応速度だ。


「はぁぁぁっ!」


 他のメンバー達も次々と攻撃を仕掛けていくが、まったく当たらない。

 ザジにかすりもせず、空振りするのみ。

 全員が経験豊富な熟練者で圭介と同等か、それ以上の強豪ばかりなのに、だ。


(今までの相手とは……格が違う)


 これほどとは思っていなかった。

 間違いなく、ザジは今まで戦ってきた中で最強の魔獣であろう。


(だが奴さえ倒せば……!)


 周囲で事態を静観している魔獣達からは、ザジほどの力を感じない。

 おそらくドルやレツ以下。

 ならば今ここにいる精鋭数百人で十二分に対抗できるはずだ。

 リーダーのザジを倒し、指揮官不在の状態にしてしまえば、さらに勝率は高まる。

 そう思いながら、圭介は静かに立ち上がった。

 腹部や内臓に痛みは少しもないため、問題なく動ける。

 あそこまで強烈なパンチを受けた直後とは思えない状態だ。


(やはり俺……何かおかしいぞ……?)


 自分の自然治癒力は、これほど凄まじかっただろうか。

 短時間で疲労回復した件も含め、樹海で戦い始めてから奇妙なことが多すぎる。


(いや、余計なこと考えるな……今はザジを倒すことが先決だ……!)


 そう決意するなり、圭介は力強く地面を蹴って駆け出した。

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