第16話

 同時刻。

 樹海中央部で、一体の魔獣が唸り声を上げていた。

 異様に血走った両目と、額に刻まれた六角形の紋章が印象的。

 あからさまに苛立った様子を見せており、筋肉質の巨体も相まって凄まじいまでの威圧感だ。


「ぬぅぅ……!」


 既に肉体を変形させており、二本の足で立ちながら魔獣は言った。


「このザジの魔獣軍団が……人間相手にここまで手こずるとは……!」


 こんなはずではなかった。

 今、樹海で戦っている若手魔獣は精鋭ばかりだ。

 もちろん並大抵の実力ではない。

 何より、彼らを統率するザジは若手の中でも最強の魔獣。

 故に自分達が圧倒的優勢と判断し、すぐ終わる戦いだと思っていたのだが、予想に反して長引いている。

 若手魔獣軍団と、ガードのメンバー達の実力が大差ない証拠だ。

 格下と侮っていた人間相手に手こずり、ザジの苛立ちは限界に達している。


「おのれ……!」


 ザジは声を荒げ、近くの樹木へ八つ当たり気味に右手の甲を叩き込んだ。

 次の瞬間。

 直径二メートルほどの樹木が、轟音と共に半ばから軽々と粉砕された。

 腰や足を動かさず、体重も乗せずに繰り出したとは思えない壮絶な打撃。

 並の魔獣とは比較にならない破壊力だ。

 樹木の上半分が地面へ落ちて転がる音を聞きながら、ザジは思った。


(こうなったら、俺も出る……!)


 指揮に徹するつもりだったが、このままでは泥沼の消耗戦が続くだけだ。

 たとえ勝ったとしても、魔獣の数は当初よりも遥かに減っていることだろう。


(いずれ古参共を倒し、奴らに取って代わるためにも、ここで大幅に数を減らすわけにはいかない……!)


 若手最強のザジと言えど、古参魔獣相手に単独で挑んでも勝ち目がない。

 だから反逆を成功させるには、数の力が必要。

 古参の支配体制に不満を持つ者達を集め、一大勢力を結成したのも、そのためだ。

 ここで大幅に数を減らされては苦労が水の泡。

 いや、それだけではない。

 軍団を率いて人間に負ける、あるいは数を大幅に減らされるなどすれば、どうなるか。

 考えるまでもなく、面子は丸潰れだ。

 ザジをリーダーとして担ぎ上げていた者達も、間違いなく彼を見限って離れる。

 何としてでも、これ以上の損害は防がねばならない。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 様々な感情を込めて、ザジは力の限り叫んだ。

 


 ※※※



 天地を揺るがすような凄まじい絶叫が、樹海全体に響き渡った。

 尋常な声量ではない。

 周囲の木々が揺れ、枝から次々と葉が落ちてくる。

 人間や並の魔獣にできることではあるまい。


「何だ、今のは……?」


 足を止めることなく周囲を見渡し、冷や汗を流して呟く圭介。

 すると雪彦が、彼の隣で併走しながら言った。


「分からない……だけど、今までに戦ってきた魔獣達よりも、遥かに強い力を感じたよ……!」

「確かにな……!」


 圭介は雪彦の言葉に同意した。

 先ほどの声に込められた力は、ドルやレツをも格段に上回っている。

 間違いなく、尋常ならざる強豪であろう。


「考えたくないけど……古参が来ている可能性があるかも……ね」

「……」


 雪彦の呟きに対し、圭介は何も言葉を返さず、黙って頷いた。

 彼も、その可能性があると思っている。

 ただの絶叫にあれほど力を込められる者が、若手とは考えにくい。

 

「もし若手だったとしても……若手の最強格であることは確実だろうな」

「そうだね……いずれにせよ、逃げるという選択肢はないから戦うしか」


 言いかけて、唐突に足を止める雪彦。

 少し遅れ、圭介と茜、一緒にいた他のメンバー達も同じ行動をする。

 十数メートル前方に約七体の魔獣がいたからだ。

 向こうもこちらに気づいたらしく、構えながら歩み寄ってきた。

 既に肉体を少し変形させた後のようで、全員が二本の足で動いている。


「……」


 圭介達が無言で構え、対応しようとした瞬間。

 樹海全体を揺るがす脅威の絶叫が、再び聞こえてきた。

 先ほどよりも大きい。

 そして周囲で絶え間なく響いてい打撃音や雄叫びも、聞こえなくなった。

 二度に渡る壮絶な絶叫に気をとられ、戦闘を中断した者が多いようだ。


「またあの絶叫……!」


 茜が小型刃物を構えつつ、周囲を見渡して言った直後。

 魔獣達は全員が一斉に背中を向け、凄まじい速さで駆け出した。

 樹海中心部の方角だ。


「えっ!?」

「何っ!?」


 予想外の動きに、一緒にいたメンバー達が驚愕の声を上げる。

 圭介も同じだ。


「向こうの方が数は多かったぞ。何で逃げるんだ……?」


 襲われると思って身構えていただけに、彼らのこの行動には面食らった。

 それでも油断せず、周囲の警戒は怠っていない。

 逃げると見せかけて、木陰に潜んでいた個体が奇襲を仕掛ける、ということは十二分に考えられる。

 しかし圭介がどれほど注意深く視線を巡らせても、近くに魔獣の姿は見えない。


「今の絶叫が単純に撤退の合図だったのか、それとも樹海の中心部へ俺達を誘い込めという命令だったのか」


 どちらもありえる。

 圭介は樹海中心部の方へ視線を向け、続けた。


「確実に言えることは、奴らを指揮している存在が樹海内にいるってことだ」

「ええ、そうですね」


 茜が圭介の言葉に同意する。


「もしかしたら、樹海中心部に指揮官がいるのかもしれません」

「可能性はあるね」


 茜の言葉を肯定すると、雪彦も中心部の方を見て呟いた。


「罠かもしれないけど、僕達は逃げたり一時撤退したりすることはできない。ここで奴らを食い止められなければ、大勢の犠牲者が出ることになるからね」


 そうなのだ。

 樹海中心部に罠があろうとなかろうと、自分達は行かねばならない。

 そう思い、圭介は声を上げた。


「奴らを追いかけよう!」


 彼が叫んで駆け出した瞬間。

 茜や雪彦も含め、その場の全員が素早く後に続いた。

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