第15話

 凄まじい打撃音が鳴り響き、空気が震えた。

 圭介の左拳と、三角形の紋章を持つ魔獣の右前足が、真正面から超高速で打ち合わされたのだ。

 あまりの衝撃で、両者は少し仰け反った。


「がっ……!」

「ぐっ……!」


 呻きながらも構え直す両者。

 先に次の攻撃を仕掛けたのは圭介だ。

 足元の地面を踏み砕きながら、右拳で魔獣の顔面を狙うが当たらなかった。

 パンチは残像を突き破り、風切り音を鳴らしただけである。


(かわされた……!)


 魔獣は素早く斜め上へ跳躍し、回避したのだ。

 速いが圭介には見えている。

 樹木の枝へ着地した魔獣へ視線を向け、同時に周囲への警戒も怠らない。

 当然だ。

 魔獣の群れとの死闘は激しさを増し続けており、雄叫びや打撃音が絶え間なく聞こえてくる。

 こんな状況では、先ほどのように奇襲を受ける可能性は決して低くなく、目の前の相手だけに集中できるはずがない。

 圭介がそんなことを考えていると、不意に魔獣が二本の足で立ち上がった。

 滑らかで自然な動きだ。

 前足は腕の形になっていて、まさしく獣人とでも呼ぶべき形態。


(肉体変形能力か……!)


 魔獣が持つ特殊技術。

 どうやら格闘で決着をつけたいようだ。


(望むところだ……!)


 心の中で圭介が叫んだ瞬間。

 魔獣は枝の上から軽く跳躍すると、少しも音を立てずに地面へ着地した。

 二本足で動くことにも慣れているらしい。


「行くぞ」


 言うなり、魔獣は襲いかかってきた。

 四足形態の時よりも速い動きで距離を詰め、左手の爪で顔面を狙ってくる。

 直撃すれば致命傷だが、圭介は上半身を傾かせて回避。

 響き渡る風切り音。

 魔獣は超高速で左腕を引き戻し、間を置かずに右膝を突き上げた。

 腹部めがけて凄まじい勢いで迫る攻撃を、圭介は横へ動いて回避しようとする。

 しかし魔獣は途中で急に右足を止め、左手の爪で側頭部を狙った。

 フェイントだ。

 これに対応できぬほど鈍くない圭介は、素早く上半身を仰け反らせて回避した。


「はぁぁっ!」


 魔獣の動きは一瞬も止まらない。

 右手で攻撃すると見せかけて左足で蹴りを、噛み付くと思わせて肘打ちを仕掛けるなど、速いだけでなくフェイントも織り交ぜている。

 それは空間に無数の残像と、風切り音を発生させた。

 恐ろしい高速連撃だが圭介は慌てることもないまま、全て回避し続けている。


(かわせる……!)


 訓練の成果だ。

 しかも彼はドルとの戦いで、これ以上に速い攻撃を何度も見ている。

 おかげで目が慣れ、フェイントにも落ち着いて対応できるというわけだ。

 ドルのような一撃離脱戦法ではなく、その場から動かずに猛攻を仕掛けてきている点も大きい。

 だからと言って気を抜いたりなどすれば、即死は確実。

 それにまだまだ大勢の魔獣達と戦うことになるのだから、長引かせて消耗するのは得策ではない。


(次の一撃で……連撃を止める!)


 心の中で叫びながら圭介は反撃した。

 猛攻の合間を縫って、超高速かつ的確に魔獣の下顎を殴り、脳を強烈に揺さぶったのだ。


「うぉっ……!」


 大きくよろめいて呻き声を上げる魔獣。

 転倒こそしなかったが隙だらけだ。

 それを見逃すことなく圭介はパンチを放つが、同時に魔獣も凄まじい気迫で右手の爪を突き出してきた。

 脳に受けたダメージは大きいはずだが、それを感じさせないほど速い。

 拳と爪が、疾風に等しい勢いで交錯する。

 そして一瞬後に、凄絶なまでの打撃音が響き渡った。

 圭介の右拳が魔獣の額に深くめり込んだからだ。


「あぁっ……!」


 呻き、白目を剥いて倒れ込むと、そのまま魔獣の肉体は溶解して消えた。

 だが圭介の表情は険しい。


(今のは危なかった……!)


 圭介は喉に触れた。

 皮膚が浅く切り裂かれ、少しだけ出血している。

 爪の切っ先が、わずかに触れていたのだ。

 もし十分の一秒でもパンチが遅れていたら、間違いなく喉を貫かれていた。

 今は強い魔獣ばかりが残っているのでは、という茜の推測は当たっているのかもしれない。


(茜達も勝てたようだな)


 周囲に視線を巡らせても、魔獣の姿が見えない。

 いるのは茜や雪彦、他のメンバー達だけだ。


「どうやら……この辺の魔獣は……片付いたようですね」


 茜が大量の汗を流し、呼吸を整えつつ言った。

 肩や脇腹に傷が刻まれ、出血している。

 後方からの援護に徹していても、負傷は避けられなかったようだ。


「傷は大丈夫なのか、茜……?」

「ええ……大した傷では……ありませんから……平気です」


 茜が答えた直後。

 左脇腹を片手で押さえ、呼吸を整えながら雪彦が口を開いた。


「かなりきついね……どうも僕達と魔獣達の実力は……互角みたいだ」

「ああ……そうだな」


 圭介は喉に軽く触れつつ、雪彦の言葉に同意した。

 少し離れた位置から、いまだ雄叫びや打撃音が途切れずに聞こえてくる。

 戦闘が膠着状態に陥っているのだ。

 ガードのメンバーも魔獣も強豪ばかりで、決定的な差がないのだろう。

 実力伯仲というわけだ。


「いつこの均衡が崩れるか」


 互角なら、何かしらのきっかけがあれば簡単に崩れる。

 一瞬たりとも気が抜けない状況だ。


「みんな、いけるか?」


 ある程度呼吸が整ったようで、雪彦が力強く周囲のメンバー達に問いかけた。

 そして即座に全員が小さく頷くと、彼は刀を軽く振り、続ける。


「よし……他の場所へ加勢に行くぞ……!」


 言って雪彦は、戦闘音が聞こえてくる方角へ駆け出した。

 圭介や茜、他のメンバー達も同様だ。


(んっ……?)


 雪彦と共に先頭を走りながら、圭介は奇妙な違和感を覚えた。

 疲労がない。

 三角形の紋章の魔獣と死闘を繰り広げた直後なのに、である。

 無論、彼が他のメンバーと比べて格段に回復力が優れている、ということはない。

 にも関わらず、疲労をほとんど感じていないのだ。

 どう考えてもおかしい。

 この周辺の戦いで茜達は息切れするほど消耗し、まだ完全には回復していないことを考えると、余計に圭介の異様さが際立つ。


(これは……一体……?)


 気になるが、今は戦いに集中するべきだ。

 そう思い、圭介は走り続けた。

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